空の見える席。(始業式の日についての日記、いち)
(昨日のことについての日記です。)
始業式でした。
ああまたあの世界に戻るのか、と髪をしばりながら思いました。小さく狭い校舎のなかの、大きく深く広がる世界。ちょっとしたディテールが、すべてになってしまうときもある微妙な世界。賑やかで、現実的で、社会的な……
なんてことを延々考えながら、最寄り駅への道を辿りました。朝の光は眩しく、健全でした。暗闇なんて最初っから存在しないかのように思わせる、さんさん明るい朝の光。
駅につくと、同じ制服を着た人たちがたくさんいました。ホームに降り立ち、周りの高校生たちのお喋りのなか、私はある種の感覚を取り戻しました。
それは、紛れている、という気もち。
高校の制服は、誰をも高校生に見せます。すべての人を「高校生」という記号のなかに入れ、均質化します。そう、制服は、人を記号にするんだ。良いとか悪いとかでなく、事実として。
だから必然として、私はその記号のなかに紛れます。記号のなかに、身を浸します。そして記号の裏で息を潜め、人格を保ってゆくわけです。記号に呑み込まれないように。記号をアイデンティティにしないように。
「高校生」という記号が自分の本質、と思っている人は、おそらくはすくないのではないかと思います。もっとべつの何かが、自分の本質。だってそう思っているのでなければ、アイデンティティの模索だって、個性の主張だって、周りとの差異化だって、ないでしょう?「高校生である」ということは、存在理由としては不十分なんです、きっと。
でも、そこの折りあいをうまくつけなければいけない。だって「高校生」という記号を、私は確かにもってしまっているのだから。そしてじっさい、折りあいをつけながら、日々学校に通っているのだと思います。(私はあんまり、それが上手くないけれど……。)
みんなも、そうなのかな。そうなんだろうなぁ。紛れているんだろうなぁ。そうだとちょっと、元気出るかも。
同じ制服の人たちに囲まれて、嬌声があがるのを聞いて、私はそう、思いました。登校風景にだって、すこしは救いってものがある。
教室について、自分の席に座りました。窓ぎわの、一番後ろ。空がよく見えるので、気に入っている席でした。建物のあいまを塗りつぶすような、青い青い空。
教室の雰囲気、みたいなものも、教室に入ってしまえばすぐに思い出しました。緩やかに這うような喧騒。耳をつんざくような音がなくて、ついでに言えば悪意もなくて(たぶん)、居心地の良い喧騒です。そうだ、私はそのなかで、いつも勉強やら読書やらしていたんだっけ。馴染むのと馴染まないのの、中間点くらいをふらふらしながら。
始業式が始まり、終わり、委員会を決めたり何だりして、そのあとは、席替えのくじ引きが行われました。封筒のなかに入った、ぱさぱさの紙。私の順番は一番最後だったので、残ったものを、ただ開いただけでした。
その席は、廊下がわの一番前でした。何と、対角線上を辿っての大移動です。こんなことあるんだなぁ、と何だか感心してしまいました。
しかし、一番前。これはじっさい問題でした。だって、先生と近い。それにクラスの人が、みんな後ろにいる。これはなかなか、緊張することなんじゃないか。でも引いてしまった(というか回ってきてしまった)ものは仕方ないので、みんなにあわせて、私もがたがたと席を移動しました。
荷物を下ろして椅子に座って、すぐに、あ、と気がつきました。
ここも、空が見える。
前の席とは、すこし趣が違うんです。前は、建物のなかの窮屈な青が見えた。今度は、小さく切り取られた青がくっきりと見える。というのは、私たちの教室は校舎の一番隅っこにあって、つまり、廊下の突き当たりなわけです。その突き当たりのところにはベランダがあって(立ち入り禁止ですが)、そこへ通じるドアは擦りガラスなのですが、一番上の部分だけが、透明なガラスでつくられているんです。その部分から、空がよく見えるんです。
狭い青は、しかし、映えていました。ちょっとしか覗けないからこそ、その広さ大きさを連想させる空。そう、この席は、空を垣間見している気分になります。ひそやかです。
緊張のことなんかもうわりとどうでも良くなってしまって、私はこの席が、確かに気に入りました。空の見える席。やっぱり縁があるのかなぁそうだと良いな、なんて夢見がちなことを思ってしまうくらいに、わくわくとしてしまいました。ささやかな幸福。
気に入りました。
雲がぷかぷか呑気に浮いていたのを、よくおぼえています。
なかなか、良い出だしだったと思います。
頑張ろうと思います。ときどきは、空を見つめながら。
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