いっそ思考を、アイスクリームのようにして。

 今日をもって、夏休みが始まりました。


 夏というのは、気だるさと感傷とが、いちばん似あう季節だと思う。

 アイスクリームを嘗めながら、ブラウスに滲む汗を気にしながら、ふと見あげる太陽は、どうしてあんなにもつよくつよく輝いているのだろう! 目を細め、思わず息を吐いてしまう。肌に触れる日差し、濃く伸びる影、せみの鳴き声、そうやってぼうっとしているうちに、アイスクリームが溶け始めたりして。慌ててしずくを嘗めながら、記憶はかつての夏と重なる。

 夏休み。

 それはやはり、特別な響きをもっている。それぞれの年に、それぞれの夏休みがあった。もちろん年によって、夏休みの内容は違った。できごとも違えば意味あいも違った。でも色あいは一緒なのだ、何故だか。夏休み、私はいつだって、太陽を見あげていた。自由を手に入れた解放感と、自由であることの不安定さをもって。そしてぼんやり、学校のことなんか思うのだ。ああ今学校はがらんどうなのだろうなぁ。

 センチメンタルに、過ぎるだろうか。

 しかし夏というのは、やはりかくも感傷的な季節なのだ。ぎらぎら輝く太陽に、思考までもが溶かされる。そしてどうしようもないことに、私はその感覚が嫌いではない。冬の凛とした思考はもちろん好きだし、思考はいつでも凛とあるべきなのだとは、思う。しかし太陽の色と共に溶けゆく思考、気だるく感傷に満ちた思考、この甘美さは、捨てがたいものがある。

 いっそ思考を、アイスクリームのようにして。

 なんて、危ないことを思ってみたりもしてしまう。じっさいのところ結局は、我に返ってしまうのだけれどね。私の頭のなかの冷却機能は、かろうじて動いているみたいだ。

 ああ、でも、アイスクリームのような思考。とろりとしているんだろうなぁ。甘いんだろうなぁ。いや、でも、それはいけないことも知っている。アイスクリームはいずれ溶けきって、べたべたした液体になってしまう。そんなものに、なるわけにはいかない。思考は強固でなければいけない。それが理性的というものだ。

 結局のところ私は、冷房の効いた部屋に逃げ込む。そしてひんやりとした安心感と、一抹のあこがれを味わうのだ。でも、たぶん、そのくらいが健全というもの。

 夏は危険な季節です。やっぱり。



 なんだか書き始めたら止まらなくなってしまって、どこかエチュード(小説の練習作)みたくなってしまいました。小説を書いているみたいな、気分だった。

 なんだかんだで、夏は好きですよ。ほんとに。アイスクリーム、おいしいしね。

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