第344話 カイオス・タイラー


 ほぼ毎日剣術の講習を数回受けるうちに、何か技が出来るようになったわけではないが、生徒同士の打ち合いでは物足りなくなって講師の先生と打ち合うようになった。



 講師のケアリー先生は、元騎士で討伐の時に左腕を失くしてしまった方だ。

 まだソフィアが聖女に認められたばかり、クライン様は流行り病をおさえるためにソルちゃんをいろんなところに派遣して魔力枯渇に陥っていたころだそうだ。

 運が悪かったとケアリー先生は笑っておられたが、先生が平民出の騎士だったせいだと他の人に聞いた。


 そんな噂をした冒険者をケアリー先生はげんこつしていた。

「次期近習様はお元気になられてから、見舞いに来てくださったぞ。

 ただ俺が呪いの入った魔法で怪我したから、再建のしようがなかったんだよ。

 義手をくださったのも次期近習様だ」



 呪いの魔法がかかったときはまず解呪してから傷を癒していく。

 ケアリー先生の場合、解呪が間に合わず呪いが全身に回るので先に腕を落としてしまった。

 けれど腕がなくては解呪が出来ず、再生させることが出来なかったのだ。


 クライン様は自らの素晴らしい能力におごらず、国民に返そうとなさってる。

 あの異常な仕事量を日々こなしているのもそうだ。

 まさしく、貴族的矜持ノブレス・オブリージュを体現されたお方だ。

 きっと魔力枯渇で治せなかったことをきっと悔いておられたのだろう。



 魔道具の義手もあるけれど、ケアリー先生は魔力があまりなく使えない。

 だから先生は公の場に出るときに、ヒトを驚かせないためだけに義手を使う以外はほとんどつけていない。


 だけど今でもすごく強くて、その辺の冒険者では太刀打ちできないくらいだ。

 それで恩人の勧めもあり、引退してギルドで剣術を教えているそうだ。




「オラオラ、お前らもトールセンを見習ってちゃんと打ち合えよ」

 ケアリー先生、たぶん私はスキルのおかげで上達がすごく早いんです。

 だからといって、ハルマさんの上級コースなんてとても行けないけどね。


 一緒に講習を受けている男の子たちからは、私が褒められても特別ねたまれることはなかった。


「俺らは農家の出で、剣なんか習えなかったからさ。

 でも魔法学校の生徒でも来るところをタダで習えるんだ。

 うまくすればスキルになるしな。

 まったく王都はすげーよな」

 それまでは鎌やくわで魔獣を相手していたそうだ。


 確かに私がルノアさんに無料で習えたのは、彼女が冒険者講習に失敗したペナルティーだったからだ。

 ラインモルト様の依頼もあったし。

 地方だとあんなに丁寧な講習を受けたなら、報酬を出さないとダメだっただろう。

 


 逆に王都が手厚いのは、冒険者のなり手が少なくなっているからとも聞く。

 王都内で魔獣が出るのは教会ダンジョンか、アランカの森かセネカの森、それと下水道である。

 これはマスターが王都への魔獣の侵入を防いでいるからだが、逆を言えば平和過ぎて王都を出ないと仕事がないということでもある。


 だから一緒に習っている男の子たちも、この講習が終わったら王都を出るつもりらしい。

 





 ある日、私たちがウォーミングアップの素振りをしていると、何かギルドの中がざわざわっと騒がしくなった。

 そのざわざわがこの訓練所に近づいてきて、何人かの男性が入ってきた。

 その中には冒険者ギルドマスターのアントニウスさんもいた。

 珍しい。アントニウスさんはいないか、マスタールームから動かないのに。


 どうやら中央にいるそのお客さんが重要な人らしい。

 黒いマントの年配の男性だ。鑑定なんかしなくてもすごく強いってわかる。

 強いことが美徳な冒険者たちみんなが、キラキラした憧れの目で男性を見ていた。



「部隊長! お久しぶりです」

「おい、ケアリー。俺が引退してずいぶん経つぞ」

「いいえ、タイラー部隊長は永遠に俺の上司です」

 えっ、まさかこの人……?


「カイオス・タイラーだ。みんな、練習しているところ邪魔して悪かったな」


 一緒に素振りをしていた若手冒険者たちが、わぁっと歓声をあげて寄って行った。



 貴族におもねず、民衆のために数多くの魔獣や盗賊の討伐を行った「国民の黒騎士」カイオス・タイラー。

 剣聖ではないけれど、魔獣が放った魔法攻撃を剣で切ってしまうほどの達人だ。


 そして母さんのお父様、つまり私のおじいちゃんだ。

 もしかして会っちゃいけなかったんじゃないの?

 どうしよう……。



 でも考える間もなくケアリー先生が私に声をかけてきた。

「トールセン、そんなところにいないでこっちに来なさい」

「はい、すみません。素振りやめます」


 私が姿を見せるとタイラー様は浮かべていた笑みを消して、目を見開いた。

 唇だけがかすかに動く。

 

 『常闇の炎』の1級裁縫師は貴族の女性たちの声にださない要望を聞き取るため、読唇術を習得する。


 ノ……ア……?

 ああ、エリノア様のノア……。

 やっぱり似ているんだろうか?



「今見ている剣士の中ではこの子が一番いいです。名乗りなさい」

「Dランク冒険者のトールセンと申します」

「Dランク、もう盗賊討伐をしたのか?」


 カイオス様は私に聞いたが、代わりにアントニウスさんが答えた。

「去年横行した奴隷目的の誘拐な、しっぽを掴んだのはこの子なんだ」

「ああ、あれか。俺も手助けしたかったが、主が釘を刺されてな。

 すまなかった」

「じゃああれはやっぱり上位貴族が……」

 それ以上はここで言うなとカイオス様の鋭い視線がアントニウスさんの口を塞いだ。


 そうなのだ。

 窓口だった下っ端の子爵の死と屋敷の火事で大本の黒幕がわからなかったのだ。

 マスターには報告したけど、国には魔族やグリムリーパーの存在は明かしていない。

 だからいまだにドラゴ君が張り付いてくれているのだ。

 私は一緒にいられるから嬉しいけど。


 でも王弟であるハミル様に釘を刺せる存在っていったい誰?



「そうか、坊主よくやったな」

「ありがとう存じます」

「この辺りの出か?」

「いえ、辺境です」

「ニールだよ。ダンジョンの町。さっき紹介したハルマと同郷なんだ」

 アントニウスさん、余計なこと言わないでください。


「そうか。これからも鍛錬に励むように」

 そう言って私の手を掴んで握手した。

「はい! ありがとう存じます」

「他の講習者は言われてないのに勝手に素振りを止めるな。

 今回は特別に大目に見るが、次からはトールセンのように続けるように」


 え~、それはないよとみんなで笑っていたが、私の心臓はドキドキしたままだった。



 どうしよう。たぶん、バレた。

 母さんはおじいさまに私のことを手紙に書いたと言っていた。

 さっきは坊主と呼んでくれたけど、私の骨格は子どもっぽいけど男の子のものではない。

 ビアンカさんが修練を積んだ戦士ならば、体つきを見るだけで相手の力量や筋肉の発達を測れると言っていた。

 しかも手まで握られて、お気づきになったに違いない。


 私は顔をパンパンと叩いた。

 気を取り直そう。

 カイオス様は王家を嫌っているはずだ。

 私をご機嫌取りのために王家に突き出したりはしないだろう。


 私は冒険者のトールセン。

 それだけだ。



 カイオス様はケアリー先生に用事があったみたいで、今回の講習は自習になった。

 この講習会は冒険者の生存率を上げるためのものなのでお金を払っていないし、よくあることだ。

 みんなも握手してもらったせいか興奮していて、剣術どころじゃなかったしね。


「エリー、帰ろうよ」

「そうだね、ドラゴ君。行こうか」



 ただカイオス様の手はすごくごつごつしていて、力強かったけれど、私の手を優しく握ってくださった。

 やはり私のおじいさんなのだ。


 会っちゃいけなかったのかもしれないけど、会えてよかった。


 ヴェルシア様、素晴らしい機会を与えてくださり、感謝いたします。


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カイオスは王立騎士団の部隊長までにはなれましたが、どんなに手柄をあげても団長や副団長にはなれませんでした。


団長や副団長になると王宮に出仕するので、万に一でもエレノアと再会できないようにしたのです。

それに国民に愛される平民騎士なんて、貴族の騎士たちからは嫉まれたでしょうね。



貴族の女性の声にしない要望……、胸元をボリュームアップしてほしいとか、他の客よりも盛ったドレスにしてとか、嫌いなライバルより美人に見えるようにしてとか。

口には出したくないけど、言いたいことってやつです。

貴婦人が直接または侍女に耳打ちして、ジェスチャーか、口パクで伝えてきます。

声に出して聞かれたら困りますからね。



追記)

いつも暖かいコメントをいただきありがとうございます。

なかなかコメント対応が出来ず、いろいろとご迷惑をおかけしました。


悩んだのですが、2021年5月14日よりコメント欄を閉鎖させていただきました。


詳しくは近況ノートに書かせていただきました。

https://kakuyomu.jp/users/sayokichi/news/16816452220276604358


今後は執筆に集中してこの作品を仕上げていきたいと思っております。

エリーはこれからも頑張るし、従魔たちと共に本当の戦いに向かっていくようになります。

彼らの冒険をお届けしますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。


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