第345話 二人の王子


 とうとう王立魔法学院にダンスパーティーのための打ち合わせに行くことになった。

 

 学院に入る手続きもあるため、授業終わりにクライン様の馬車に乗せてもらった。

 もちろん、御者台にです。

 馬車の中に乗せてもらったら、それこそ不敬罪に問われそうな気がする。


 ドラゴ君は後からついてきて、校庭で待っていてくれることになっている。

 モカとミランダは寮の部屋でお留守番してもらった。

 モリーはエマ様のお側だ。



 学院につくと御者が学院の門番に許可証を見せて、中に入った。

 案内された停車場につくと、私はすぐ降りてドアを開けた。

 ダイナー様からカバンを受け取り、お二人が降りるのを待つ。

 カバンは全然重くないけれど、これも従者のお役目だ。


 クライン様とダイナー様は私と同じエヴァンズの制服を着ていた。

 紺のブレザーは学院の臙脂のブレザーに比べて地味だが、着ている人によって違うんだなと感じた。

 クライン様なら、たとえもっと粗末な衣服であっても大貴族だけが醸し出す空気を失わないだろう。

 私に含まれる皇家の血なんて、これっぽっちも感じない。

 平民万歳である。



 停車場には職員がいて私たちを生徒会室まで案内してくれた。

 学院とエヴァンズの一番の違いは、全ての人がわざわざ寄ってきてクライン様に頭を下げる。


 学生の本分は勉学でその上では平等を歌っているが、あくまでも建前だ。

 エヴァンズは学院と違って、遠巻きに見ている感じ。

 それはほとんどのヒトの身分が低いからだ。

 だからクライン様をわずらわせない方に重点が置かれている。


 でもこちらはあの方と同じ上位貴族の子弟が多い。

 だけど挨拶には来る人に、クライン様は微笑むだけで言葉は返さない。

 未来の近習としての対応なのだろう。

 こんな様子を見たら本人に言われたとはいえ、リカルド様なんて絶対呼ばなかったよ。


 そして挨拶した貴族たちは私のことは見ない。

 使用人は見えない空気のようなものなのだ。



 生徒会室に着いてお二人が入室しても、私は中に入らない。

 廊下で待機し、中に入ることを許されるまで待つだけだ。


 しばらく待っているとダイナー様がドアを開けてくれ、私を中に入れてくれた。

 邪魔にならないようカバンを受け取ってくれる。

 ダイナー様は本当に気が利くお方です。



 私は男装なのでカーテシーではなく片膝をついて、上座に座る生徒会長のシリウス殿下と副会長のエドワード殿下に向かって頭を下げた。

「面をあげよ」

 私は頭をあげたが、声は出さなかった。

 身分の高い人の許しがなければ声をかけることは許されない。



「ふーん、これが噂の毒婦か」

「兄上」

「冤罪だということはわかっている。だが火のないところに煙は立たないという。

 どれほどの美女が来るのかと楽しみにしていたが、これほど幼く地味な者がくるとは思っていなかった」

「顔立ちは整っておりますよ。ディーは叔父上に似ているとよく言ってます」

「バカな、アリステア公はもっと優雅なお方だ。全然似ていない」


 ありがとうございます、シリウス殿下。

 私もそう思います。

 似てないと思ってくださることが一番うれしいです。



「それにしてもリカルド。なぜこの者を従者にしたのだ?」

「私に匹敵する知力があり、ハインツ師に認められた才女です。

 戦闘は大したことはありませんが、そのほかの能力は高く仕事が出来ます」

「なるほど、ではせいぜい役に立て。今後の生徒会室への入室と発言を許す」


 これで私はここで仕事をすることを許されたのだった。



 

 2学期に入ったので最高学年の5年生は全員引退し、それで4年生のシリウス殿下が生徒会長になったみたい。

 生徒会で他に知っている人はクリストファー・ゼ・グロウブナー公爵令息だけだ。

 私たちの同じ2年生もエドワード殿下と彼だけだ。

 役職はなく、副会長の補佐という名目らしい。

 シリウス殿下にも補佐がいるんだろうか?

 みんな黙っているのでよくわからなかった。


 他メンバーは全員男性で、女性はいない。

 学院の裏の顔は貴族たちの婚活の場だから、試験で不正をして生徒会入りをしようとした女子生徒が過去にいて、男性のみになったそうだ。

 男装していて本当によかった。

 必要以上に目立ってしまうからね。



 会議はシリウス殿下の希望に沿って、ダンスパーティーの飾りつけの案をクライン様が図面にしていくだけだった。

 これ私いるのかなと思ったら、この間に装飾案を描けと言われた。


 他の生徒は聞いているだけだ。

 書記はいないのかな?

 私みたいに一度聞いたり、見たりしたことを忘れないのかもしれない。



 ダンスは会場の中央で踊るのだが、テーブルを別室でただ壁に沿って置くだけではつまらない。

 それでダンスをする場所をテーブルで周りを囲むようにして、座っている人が見て楽しめるように配置していく。


 私はその間にいくつかの細かな装飾案を絵にして、クライン様が図面に合わせてさらに相談していく。

 それを見たエドワード殿下に、絵がうまいねと褒められた。

 もちろん黙礼して、感謝の意は伝えた。


 殿下方が気に入った図案を取り入れることになり、次の週までに全体像の下絵を描き、必要なもののリストを作ることになった。

 これが私の仕事だ。

 


 シリウス殿下はこれほど早く仕事が進むとは思っていなかったようだ。

 あちらが勝手におっしゃってたのを聞いただけだが、これまでずっと誰が担当するかで言い争いになって全然進まなかったらしい。

 それで仕方なくクライン様に頼むしかなくなったそうなのだ。


 だから全員黙りこくっていたんだね。



「なるほど、確かに優秀だ。

 こちらの希望を正確に聞き取ることが出来る人間は少ない」

「菓子作りも得意ですよ。去年の新緑祭のマドレーヌは美味しかったな」

 お茶会のことは言わないみたい。

 エドワード殿下のお話に合わせよう。


「次は何かお菓子を持ってきてよ」

「かしこまりました」

 エドワード殿下の命令に、私ではなくクライン様が答えた。

 私の発言は許されたが、直答は許されていないからだ。

 というか他の人もほとんど発言しない。

 いいのかな? 生徒会。



 とにかく殿下方のクライン様の信頼が厚いということはわかった。

 年下あるいは同い年なのに、まるで兄のように慕われていると感じた。

 特にシリウス殿下はずっとクライン様ばかり見ている。


 私のことをどう思っておいでかわからないが、クライン様が認めるならばと受け入れてくれたようだ。

 思った以上に仕事はしやすかった。


 ただ他の生徒会役員たちが、私の存在を苦々しく思っていたようだ。

 私がミスをしないかギロギロと睨まれていたが、すべての発言をダイナー様に向かって話し、クライン様や殿下方が答えると言った方式が取ったので、大きな問題はなかった。



 そのあと下見にと生徒会総出で会場となる講堂へ向かった。

 一番前は殿下方の護衛騎士、クライン様はシリウス殿下と話しているのでその次と身分の順で並んでいく。

 私は一番身分が低いので一番後ろでついていった。

 悩まなくていい。


 こんなにぞろぞろと動く必要はないと思ったが、この行列はとても威圧的で生徒会の権力の強さを感じた。

 すれ違うみんなが道を開け、頭を下げているからだ。



 そんなとき、何かがすごい勢いで私にぶつかり、背中から肺を圧迫するほどの衝撃がやってきた。


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男性貴族の挨拶はボウ・アンド・スクレープなのですが、エリーは平民なので片膝をつかせました。

もしかしたら本当は両膝なのかもしれないけど、気分的に嫌だったのでやめました。


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