第346話 出会いイベント


 唐突の衝撃に私は何もできなかった。

 私の体から聞いたこともないような音がして。

 息が出来ないから、うめくこともできない。

 痛みすらハッキリとわからない。

 目の前が暗く、かすむ。


 すると学校中がビリビリっと振動した。

 



 かすかに目の端で先頭にいたクライン様が瞬時に私の側にいた。

 そして私の上にいたものをどけてくれた。

 それはキャアと声をあげた。

 ……女の子?


 同時に私はクライン様にヒールをかけられた。

 あれっ? これヒールじゃない。

 ヒールに見せかけた『癒しの光』だ。

 ソルちゃんが掛けてくれたのと同じやつ。


『癒しの光』は祝福魔法だが、最上位の治癒魔法でもある。

 ただし、死んだ人を生き返らせることは出来ない。


 死者を生き返らすのは、世のことわりから反しているからだそうだ。

『癒しの光』で生き返ったなら、それはまだ死んでいなかったのだ。

 そんなすごい魔法を使うということは、もしかして死にかけてたんですか?



 するとまた校舎が振動する。

 ああ、ドラゴ君が私の元に来れないから結界を揺らしているんだ。

 

「エリー君、起きられるかい?

 悪いけど、早くドラゴ君に無事だと伝えてくれないかな? 

 彼が怒り狂って結界を破ろうとしているから」

「は、はい」

 私がすぐに心話で呼びかけた。


(何があったの⁉ エリー、意識飛んでたよ!)

(エリー、だいじょうぶー?)

 ドラゴ君とソルちゃんが同時に心話を返してきた。

 私はとりあえず無事と伝えたが、ドラゴ君はとても怒っていた。



「ちょっとリカルド、何すんのよ!」

「マドカ・カツラギ。

 あなたのせいで私の従者が死んでしまうところでしたので、移動させたまでです」

「従者? えっ? ちょっとなによ、このチビ!」

 苦しくはなくなったけど、ひどいこと言われています。


 

「変なイベントを起こすのはやめてください。

 出会いイベントは転んだあなたを攻略対象が抱きおこすんじゃなかったのですか?

 誘惑したいのならちゃんとやってください。

 あんな勢いで飛びかかられたら、誰だって息が止まります。

 大体ここにいる人間はすでに紹介したでしょう?」


「イベント成功でポイントもらえるんだもの。

 だいたいこんなチビ、狙ってなんかいないわよ」

「彼女が死ねばあなたは絶対に聖女にはなれません。私が阻止します」



 状況がわかってきた。

 つまりまどかさんはこういう状況の時にぶつかって、攻略対象に助け起こされるイベントをしようとしていたんだ。

 そして間違えてぶつかって、私は死にかけた。

 怖いよ! 


 クライン様はどうやら乙女ゲームの内容を熟知していて、これがどういう状況なのか瞬時に判断したらしい。

 でも攻略対象に内容を知られていて、イベントを成功させることは難しいんじゃないかな。


 それにこんなに暴力的なお方と対決なんてできない。



「ダイナー様、私対決したら死ぬと思います」

 こんなにお強いなら、男性が相手したっていいはずです。


「いや、トールセン。それは……」

 ないって言えないよね。

 さっきのだって攻略対象の誰かに抱き着くはずだったのに、死にかけるレベルなんだから。


「令嬢対決、嫌です……死にたくないです」

「えっ、アンタがトールセンなの? 

 ちょっとぶつかっただけじゃない。大袈裟な」


「私がなぜ治癒魔法を使ったかわかりませんか? 

 あなたの馬鹿ぢ、強大な力で肋骨が折れて肺を圧迫してたんです。

 ヒトを殺せばあなたは殺人犯として、処刑あるいは幽閉です。

 遊びなら遊びの範囲で済ませてください。

 あなたがいくら探しても、リセットボタンとやらはないんでしょう?」



 気がつけばこの場にはクライン様とダイナー様と私、そしてまどかさんしかいなかった。

 生徒会のメンバーは安全のため、護衛の騎士の誘導で離れたところでこちらを見ている。

 きっとこのいざこざが起こってすぐに移動したのだろう。

 クライン様とまどかさんは一触即発といった感じだものね。


 これで本当に攻略できるの?

 乙女ゲームはバッドエンドがあって、悪くすると死んじゃうんだよ。



「はいはい、わかったわよ。悪かったわ。

 でも令嬢対決はするわよ」

 口では謝っているけど、全然反省を感じません。


「エリー君、非常に言いにくいが私からも頼む。

 これ以上、国土を『聖なる炎』で焼かれたくない」


『聖なる炎』は聖属性の攻撃魔法で神聖な炎で穢れを落とすものだ。

 だけど穢れていない者に使ったら、それはただのものすごく熱い炎だ。

 うん、死ぬ。

 記憶はなくてもケルベロスの『地獄の業火インフェルノ』に焼かれて苦しんだ私には無理だ。



「嫌です! 死にたくないです!」

「だから君は戦わないでドラゴ君やモカ君に戦ってもらうように言ったんだ。

 しかし体当たりでここまで負傷させるとは……予想外だ。

 手加減の方法か何かを考えないといけないね」


 よく考えればまどかさんは、ルエルトのダンジョンやセネカの森を壊滅しかけた人だ。

 やっぱり怖い!

 大体手加減って、ある程度技量がないと出来ないんだよ。



「ドラゴ君もモカも危険に晒したくないです! 

 私他の仕事をいっぱいしますから、令嬢対決はしたくないです‼」

「つべこべ言ってんじゃないわよ!

 たかが名前付きのモブの分際でヒロインであるあたしに逆らう気?

 この世界でヒロインは絶対よ‼」




 すると今度は校舎全体がものすごく冷たくなった。

 ドラゴ君が怒って結界ごと学院を凍結し始めたのだ。


「ああ、このままだと結界が壊れてしまうな。

 サミー、エリー君と共に校舎を出てくれ。

 先に帰ってくれて構わない。会場の下見は私がしておく。

 エリー君、この件については後で話し合おう。


 マドカ、あなたももう帰りなさい。いいですね」


 クライン様の冷然とした態度にも、イベントがと文句を言う。

 本当にヒトの話を聞かないんだ。

 あの状態のクライン様に逆らえるなんて、ある意味すごいお方だ。



 その隙にダイナー様はカバンから白い布を取り出して私に巻き付け、両腕に抱えられて校庭に出た。

 恥ずかしいとかそういうのは感じなかった。

 ただただ逃げるので必死な気分だった。


 外に出るとほぼ同時にドラゴ君とソルちゃんが私に抱き着いてきた。

 ごめんね、ごめんね、心配かけて。

 私の無事を確認したドラゴ君が魔法を解いてくれて、学院は何とか凍らず、私も退学にならずにすんだ。



 馬車で女子寮に送り届けられたが、私の恐怖心も、ドラゴ君の怒りもおさまることはなかった。

 私の顔を見るや否や、モカとミランダも飛びついてきた。

 ドラゴ君の心話を通して、この様子をみていたらしい。


(おかーさん、せなかいたくないの?)

「大丈夫よ、クライン様が完璧に治してくれたから」

「ホント無事でよかった。

 それにしても、あのヒロインはないわー」

(おかーさんをころそうとするなんて、ぜったいにゆるさないの!)


 エマ様のところにいるモリーからも心配する心話がやってきた。

 ルシィの心話は勉強中だから切ってあった。みんな黙っててくれないかな。



 乙女ゲームに詳しいモカは今日の出来事をいろいろ考えていたそうだ。


「リカルドが、「あいササ」を完璧に把握しているみたいなのが気になる。

 まどかから聞き出した話だけでアレを理解できるなんてやっぱり天才ね。

 うまく恋愛に発展すると思う?」

「はぁ? うまくいくわけないよ。

 あんなののどこに愛おしさを感じる要素があるのさ」


「まぁ確かにね。それからあのリカルドの動き、転移?」

「いいや、速度を上げる風魔法を使ってあそこまで動いたんだよ」


 割と呑気なモカと怒りが収まらないドラゴ君が言いあっている。

 結構しっかり見てたんだなぁ。


 

「エリーの退場の方がよっぽど乙ゲーぽかったな。

 だけどせっかくサミーにお姫様抱っこされてたのに、エリーったらミイラみたいにぐるぐる巻きになってて全然ロマンティックじゃなかった」


 モカ……、あの状況でロマンもへったくれもないです。

 それに白い布で巻いたのは怪我人の証で、巻いてなかったらまた誘惑したって言われちゃうよ。

 でも確かに巻き過ぎだった気はする。


 それにしてもミイラって何なんだろう?

 後で聞こう。

 とにかく疲れました。



 ヴェルシア様、まどかさんが怖いです。

 いったいどうしたらよいのでしょうか?

 全く思いつきませんが、とにかく休むことにします。

 申しわけございません。


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まどかはゴリ……もとい力押し系のプレーヤーです。

殺そうとはしていません。

事故です。

でも悪ふざけで加減をしないほうが危ないこともある。


一応、乙女ゲームでは遅刻しそうと慌てて走る主人公ヒロインとぶつかって、攻略対象が抱きとめるベタなシーンです。

しかし似たシチュエーションだけど放課後で、まどかは出遅れて追いかける羽目になりました。

それで猛烈なスピードで後ろから飛びついたのですが、一番後ろにいた背の低いエリーに気づかず、激突したというわけです。


普通ならこれくらいで骨が折れないかもしれませんが、打ち所が悪かったのとまどかの筋力が異常に高いんでしょう。

転生者チートですね。



エリーの制服は物理攻撃は受けてしまうんです。

マナーやダンスの時に姿勢を正されても大丈夫なようにです。




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