アプリ連携サギ『ONLY FOR YOU』の罠~そのDMは開くな!

とら猫の尻尾

ONLY FOR YOU

 ここは某国の某大学研究所。

 薬品の成分を分析する実験室のドアが開き、二人の警官が入って来た。


瞑屋つぶや喜多郞さんに用件があるのですが、ご在室ですか?」


 居合わせた研究員達は騒然とし、やがて部屋の奥にあるコンピュータ端末の席へと視線が集まっていく。

 そこにはボサボサの髪は耳に覆い被さるほどに伸び、脂で曇った黒縁メガネをかけた痩せ体型の男が黙々とキーボードを打ち込んでいる姿があった。

 二人の警官は黒ブーツでツカツカと音を立てて歩いて行く。

 

瞑屋つぶや喜多郞だな?」

「――えっ? あっ、はい?」


 ようやく気付いた喜多郎が顔を上げると、警官の一人がタブレット端末の画面を向けてきた。


「○月○日九時二十一分、不正指令電磁的記録に関する罪の容疑でおまえを逮捕する!」


 困惑する喜多郎が声を上げる間もなく、電磁式手錠をはめられた彼は敢えなく連行されていくことと相成った。


  ▽


 『ツブヤッキー』――これは他国の会社が運営するソーシャルネットワークサービスであり、もはや某国民の六割が利用していると謳われている国民的SNSである。

 その特徴の一つに、フォロワーの人数によって優劣が決まるカースト制度がある。そのため、利用者はフォロワーを増やすために様々な工夫を凝らすという一面をもっていた。

 喜多郎の容疑は、そんなやっとの思いで増やしたフォロワーに対して無差別に『ONLY FOR YOU(アカウント名)』というダイレクトメールを勝手に送りつけるウイルスを制作したという罪であった。


「確かに、それを作ったのは僕ですが……」


 アロマの香りが漂う、全面がガラス張りの取調室。パイプ椅子に座らされた喜多郎は、テーブルの上で手を組んで自分の目をじっと見つめている年配の警察官に向けて話し始めていた。


「僕はウイルスの被害者を出さないためにそれを作ったんです。僕は正義のために作ったんですよ……」


 そして悔しそうな表情を浮かべて視線を逸らす。

 それを聞いた年配の警官は、部屋の隅で立っているもう一人の警官に向けてニヤリと笑った。


「認めたな!」

「ええ、意外と素直に吐いたっスね、おやっさん!」


 満面の笑顔を返す若い警官。

 二人の警官がそれぞれのタブレット端末で何か操作を始める様子を見て、喜多郎は焦りの色を見せた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕の話をちゃんと最後まで聞いて下さいよ!」

「おまえは罪を自白したじゃないか。もうあとはAI裁判長の判決を待つだけで俺たちの仕事はお終いなのさ。なあ!」

「そうっスね、おやっさん!」

「だーかーらー、僕は何も悪いことはしていないんですよ! あのですね――」


 喜多郎の主張は次のような内容だった――


 先日、インターネットの某巨大掲示板に『ツイッタラー』の脆弱性をついたウイルス拡散の方法についてという内容の書き込みを見つけた彼は、すぐさまその危険性を直感した。それを応用すれば、数々のウイルスを拡散してユーザーのコンピュータ端末自体を乗っ取り、悪用される恐れがあるからだ。

 それを阻止するために、彼は敢えて無害のウイルスを制作し『ツイッタラー』利用者に不用意にダイレクトメールのリンク先をクリックすると危険であることを注意喚起し、万一感染した際の対処法を知らしめる目的での拡散を実行したという――


「だから僕が作ったウイルスで実際に損害を被った人なんて一人もいないはず! そんなことは警察がちょっと調べれば分かるでしょう? 僕は何も悪いことなんかしていないんです!」


 喜多郎はまくし立てるように自らの潔白を主張し、腕を組んでふんぞり返った。両手首には未だ電磁式手錠が着けられてはいるが、取り調べに当たっては左右が分離されているので自由は利くのだ。


「……おまえの主張はそこまでか?」


「はあ? これ以上何か言う必要がありますか? 僕が無実であることは証明できましたから……」


「ふっ」


 おやっさんは口元を歪めて席を立つと、若い警官が焦った様子でその背後に接近していく。

 彼はおやっさんが被疑者へ暴行を加える可能性を感じ、ルールに則りすぐに制止させられる位置へ身を置いたのだ。


 しかし、その心配は杞憂であった。


 おやっさんは、机をバンッと両手で叩いた姿勢のまま、喜多郎の顔をのぞき込むように睨み付けた。

 そして、ドスの利いた声で言った。


「確かにおまえの作ったウイルスは金を盗むことはしなかった。だがな、被害に遭った人の中には築き上げてきた信用を失った者、友を失った者、恋人と疎遠になった者、怖くなってSNSから身を引いてしまった者までいるんだ。そして、迷惑をかけたフォロワー一人一人に謝罪して回ったりする者もいた。彼らは皆、おまえの作ったウイルスによる被害者だというのに、同時に加害者としての責任も負わされたんだ。おまえが作ったウイルスによってなーっ!!」


 再び机をバンッと叩いたおやっさんは、背中を向けて取調室の扉を開けた。代わって若い警官が喜多郎の両腕を引き、電磁式手錠をくっつける。


瞑屋つぶや喜多郞、あなたは罪のない国民の時間という財産を盗んだんスよ。そのことを良く考えて、罪を償ってくるんスよ」


 若い警官が耳元で囁くと、喜多郎は顔を歪めて泣き崩れてしまった。



  ▽


「正直いうとな、アイツの説明は専門用語が多すぎて半分も理解できなかったぞ」


「まっ、それでいいんスよ。新しい技術の全てを知った気になるとろくなことにならないっス。あ、それよりもおやっさんは、ウイルスの作り方の書き込みを政府の諜報機関が意図的に発信しているというウワサをご存じスか?」


「はあ? なんだそりゃ! そんなことをして政府に何の得があるというんだよ」


「ほら、じぶん達が捕まえた犯人は全員、今後は政府の監視下に置けるでしょう? 政府としては犯罪者予備軍をあぶり出して、全員を監視下に置けるとしたら都合がいいじゃないスか。さらに言うと瞑屋つぶや喜多郞のようなサイバー犯罪者は有事の際には戦力として見込めるっスよ」


「バ、バカもの! 俺たちの会話も政府に筒抜けになっているんだぞ! もう二度とバカなことを口走るな!」


「うっ、スミマセン……」


 おやっさんは若い警官の脇腹を小突いてから、自販機に向かってコーヒーの空容器をボイと投げる。するとゴミ回収ロボットがモータによる駆動音を鳴らしながら拾いに来る。


「昔はポイ捨ても犯罪として警察で取り締まっていたらしいスね」


「ふふ、それが今やポイ捨てはし放題だからな。便利な時代になったような、何か大事なものを失っているような……まあ、下っ端の俺たちが考えても仕方がないことさ」


 肩をすくめて二人の警官は次の現場へと向かって行った。


(了)


 

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