第40話 私たちのエピローグ 〔友美&直緒〕

〔友美視点〕


「これでよし」


 私はドレッサーに映る自分に向かって呟く。

 

 時刻は朝の七時前。 ご飯に、着替え、歯磨きに、メイク。朝の準備がようやく終わったところ。右手に生じた稲妻状のミミズ腫れと痺れは一晩でほとんど消え、朝の準備に支障をきたさないほどには回復してる。


 昨日の今日で大学に行かなきゃいけないのは面倒だけど、行かないわけにもいかない。

 

 昨日の今日、すなわちあの鎧武者によるアウトレット襲撃から一夜。


 あの事件の世間に与えた衝撃はすさまじく、どのチャンネルの朝のニュース、ネットニュースでも大きく取り上げられている。

 ネットニュースによれば、施設の営業が困難なほどの被害が生じどうやら当面は営業停止とのこと。

 

 それに関しては私たちも施設の破壊に加担した節があるから、何とも言えないところではあるけど。


 とりあえず世間の見解では憎念が破壊の限りを尽くした、ということで議論が落ち着いている。だから黙っていれば問題ない。

 

 おっと、いつまでもスマホのニュースとにらめっこしているわけにもいかない時間。そろそろ行かないと。忘れ物は、っと。

 

 荷物の詰まったカバンを手に取り、姿見の前で全身チェック。問題なさそうだけど、首元がちょっと寂しいような……。


「あっ」


 そこで私は思い出す。


「ネックチェーン!」


 昨日の出来事が強烈すぎて買ったことすら忘れていた。危うく部屋の肥やしになるところだった。ドレッサーのところに置いたはず。

 すぐに戻って目的のものを探し、未開封の箱を開けチェーンを首に巻く。

 再び姿見の前へ。


 これで……、あれ? まだなんか物足りない。買ったときは結構よく見えたけど、ちょっと地味だった? 

 正直あとワンポイント欲しい。もうちょっとお金出してネックレスにすべきだったような。

 なんかいい小物ないかなぁ。


 ぱっと部屋を見回してみる。


 丁度いいリングもないし、なりきりジェムは絶対にダメだし……。


 視線を再びドレッサーに戻すと、何かがキラリと存在を主張するように輝いた、ように見えた。


 何だろう?


 見るとそこには、菓子パンに付いてたプリエイドの変身クレスト。思わずそれを手に取って、首からチェーンを外し、クレストのアクセを通してみる。


 するとサイズ感といい、色合いといい、デザインといい、びっくりするくらい丁度よかった。初めからこのために作られてたんじゃないか、ってくらい丁度よかった。


 いいじゃん! 欲しかったイメージにばっちり! 早速着けよう。


 私はそのアクセ付きチェーンに魅入られたように、着けたくて着けたくてたまらなかった。幼い頃にプレゼントでなりきりジェムを貰ったときと同じくらいワクワクして、心が躍ってる。


 でも喜び勇んで首に巻こうと思ったとき、クレストを眺めてたら一瞬で冷静になってしまった。


 プリエイドのなんだよね、これ……。これを着けていたら、またいろいろ言われるかもしれない。


 そう思うとチェーンを持つ手が動かない。

 まるで無人の部屋のように、時計が時を刻む音だけがこの部屋に響く。


 「やっぱ……やめようかな」


 諦めてチェーンに通していたアクセを外そうとする。


 でもアクセから鎖が離れる寸前、直緒に教わった大事なことを思い出す。


 私はさっき心から着けたいって思ったんじゃん! だったら、その気持ちに背いちゃダメだ。


 思い直してプリエイドのクレスト付きネックチェーンを首に巻く。


 これでよしっ!


 鏡の中の私も嬉しそう。


 ただ何か忘れてる……? 鏡越しに目に入った腕時計を見て思い出す。


「時間やばっ!」


 大学のことが完全に頭の中から抜けていた。

 多少ドタバタしながらも、講義時間に間に合わせるべく大慌てで家を後にした。



*   * 


 遅刻ギリギリで講義に間に合い、そのまま講義に出た二限終わり。とはいえ大分早く終わってすることもないから、イロハのサー室に足を運ぶ。


「お疲れ様っす」


 お決まりの定型文と共にドアを開けるとそこにはなぜかアッキーが居た。


「お疲れー」

「あれ、アッキー講義は?」

「え? だるいから今日はいっかなって。そういうトモはどうしたのさ?」


 大丈夫? アッキーのは出席取らないからまあいいんだけどさぁ。


「私は早く終わっただし」

「にしても、トモの首のやついいなぁ。おしゃれで似合ってる。」

「マジ? いいっしょ」

「マジマジ。どこで買ったん?」

「いつもんとこ。オオサワのアウトレットの店だけど」

「いやそのアクセの方。だってそれネックレスじゃないっしょ?」

「ま、まぁね」

「なんかめっちゃオシャレだからアキも欲しいなー」


 オシャレって言ってくれるのは嬉しいけど、まだちょっと本当のことは言えそうにない。 


 私の、心の準備ができてない。


「家にあったやつ着けただけ」

「あっ、そうなん? そういえば、あそこ今ヤバいみたいね」

「あそこ?」

「オオサワのアウトレット」


 アッキーからその話題が出るとは……。適当に誤魔化そう。


「らしいね」

「なんかボロボロで廃墟みたい」


 まさかあの日いて、見てたの?


「詳しいね」

「ああ、ツイッターで今朝見た」


 なんだツイッターか。焦って損した。

 

「ねぇ、トモ?」

「ん?」


 アッキーがすぐ横に動いてくる。


「はい、チーズ」

「うぇっ」


 いきなり自撮りに巻き込まれ、ちょっと啞然としてる。ギリ顔は作ったけど。


「いきなり過ぎじゃね?」

「いや、いい感じに首のが映えてたというか、なんかトモらしかったから。つい」


 どんな理屈よ。正直分からな過ぎて溜息しか出ない。でもまあいっか。


 私らしさの正体を伝えるにはまだハードルが高いけど、今はこれでいいかな。言える勇気が出たら、このクレストの入手先教えてあげよう。

 

 そんなこと話してたらお腹すいてきた。時間も時間だし。


「アッキー、お昼どうする?」

「あー、これからバイトあるから。ごめん」


 だからさぼってたのね。


「別にいいよ」


 しょうがない、一人で食べよう。


「じゃあ、先行くわ。バイト頑張ってね」

「あざっす。じゃあね、お疲れ」

「おつかれ」


 そう言って私はサー室を後にし、学食に向かう。




〔直緒視点〕


 お昼時の学食。今日も人多いなぁ、って思いながら一人でご飯を食べてる。

 そんなとき、


「あれ? 直緒一人?」


 とよく知る声がする。


「あっ、友ちゃん。お疲れー。うん、今日は一人だよ」

「優斗さんは?」

「先輩、ちょっと調子悪いらしくて……。ちょっと大学休むって」

「風邪?」

「みたい」


 ラインのやり取りだとちょっとした体調不良って言ってた。でも心配だなぁ。


「心配?」

「うん」

「やっぱり。顔に出てる」


 やっぱ友美にはお見通しだ。


「一緒でいい?」

「いいよー」

「じゃあ、ちょい待ってて」


 そう言い残し、友美は人波の中に飛び込んでゆく。


 でも今日の友美、なんか感じ違う気がした。なんていうか……その……いい感じに! それなそうなんだけど、流石に自分のボキャ貧さと観察力のなさに悲しくなってくる。

 帰ってきたら聞いてみよう。


「お待たせ。やっぱ、アホみたいに人多いわ」

「まだ四月だしね」


 そうこうしてるうちに友美が帰ってきた。彼女が持って来たお盆の上には、おいしそうな豚丼が乗ってる。


「ただいま」

「おかえりー」

 

 そっちも悩んでたんだよね。


「おいしそうだから買っちゃったわ、マヨ豚」

「そっちもおいしそうで、私は悩んで結局こっちにした」

「確かに、今日はその二択だったわ」

「こっちもおいしいよ」

「後で一口いい?」

「いいよ」

「サンキュ。さて、いただきます」


 そう言いつつ、食べ始める。

 友美の箸を持つ手を見て思い出す。

 

「あっ、そうだ! 友ちゃん、手はもう大丈夫?」

「まあ、平気って感じ。このくらいには」


 そう言いながら、私のローストビーフ丼から器用にお肉を一枚さらってく。


「ああっ! ちょっと」

「確かに一口貰ったよ」


 確かに一口。でも友美の右手が治ったみたいでよかった。


「そういえば、直緒は昨日の騒動を引き起こした奴のこと覚えてる?」

「うん」


 大勢の人を傷つけようとした仮面騎士。ちょっとしか姿を見てないけど、私は今後も絶対にアイツのことを忘れない。


「あいつは最後に、お前らを倒すまで死なんとかどうとか言って爆発したけどどう思う」

「絶対また来るよね。でも何度こようとも、絶対に倒す。私、いや、みんなの想いを守るために」

「だね!」


あの仮面騎士に対して決意を固める私たち。


あれ? 仮面騎士の話になっちゃったけど、そういえば友美に聞こうとしてたことがあったはず。なんだっけ。


……、そうだ! 友美の雰囲気のことだった。よし、聞こう。


「今日の友ちゃん、なんか凄くいい感じ」

「おっ、分かる?」


 凄く嬉しそうににっこりと答えてくれる。

 

 でもヤバい。肝心の良さげポイントが見つかってない。探せ、探せ。


 あっ!


「首元のアクセ!」

「正解」


 首元のチェーンに付いてるアクセサリー。友美が着けてるの初めて見る。でもカッコよくて、それでいてかわいくて、なんだかとっても友美らしくて似合ってる。


「すごく似合ってるよ」

「本当? ありがと」

「どこで買ったの?」

「えっとね……」


 私の質問の後に何とも言えない間が生まれる。


 聞いちゃまずかったかなぁ……。


 でも友美は屈託のない笑顔で言った。

 

「内緒! 私の好きなやつなんだ、これ。似合う?」


 そう促されてもう一度、首元を見つめてみる。


「最高。ばっちり似合ってるよ!」


 語彙力のない私にはそれが限界だったけど、本当にばっちり似合っていた。


「ありがと」


そう言う友美の顔は、いつにも増してキラキラしてる。いつも以上に友美らしい、とってもとっても素敵な笑顔だった。

 


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情愛装甲戦姫オモイビト 〜大学生でも変身ヒロインできるんです!〜 梅谷涼夜 @suzuyo_umetani

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