第39話 手と手、想い重ね合わせて 〜友美〜

 無限に湧き上がってくるように思えた力もパンチの瞬間に全て消費したようで、その反動が右手に全てのしかかった結果、右手首から先が痺れて感覚がない。

 それと同時に胸の宝石は輝きを失い、完全に元の通りに戻ってしまった。


 私は右手の感覚を確かめるべく、直緒に背を向けたままさり気なく手をさすってみる。


 改めて触ってみてもビリビリと痺れているだけ。


 そして何より、自分の手を触っているという気がしない。それこそマネキンの手を触っているよう。

 左手には右手を触っている、という手ごたえはある。だけど右手は痺れたまま、触られているという手ごたえを一切感じない。この奇妙な矛盾が脳を混乱させている。


 手を覆う装甲に見た目上の変化はない。でも手のひら側の半透明の生地越しに、ギザギザと放射状に伸びるミミズ腫れが透けて見える。


 それは右手の異常を知らせる明らかなサイン。そして、直緒を守った代償。


 右腕自体は動く。ただ脳からの命令が手首で遮断されているように、手に力は入らず指は全く動かせない。動かそうとしても、ただただ小刻みに手が震えるだけ。


「いやー。いろんなことが急に起こって、びっくりだよ!」


 まだ状況を飲み込めていなさそうな直緒が言う。


「友ちゃん、さっきのどうやったの?」

「まあ、いろいろとね」


 直緒の方に向き直りながらそう答える。


「あれ、友美?」


 質問する直緒の声のトーンが急に下がる。


「何?」

「右手、どうかしたの?」


 直緒の言葉にビクンと身体が跳ねる。


「凄いさすってるけど……どうかしたの?」


 無意識に右手を触っていた私を、直緒は見逃さなかった。


「別に何でも……」


 直緒の真剣な眼差しと、その奥に見える私を心配する心。その純粋さに耐えきれず、ついいつものように誤魔化しの言葉が口を突いて出る。


 違う。私が言わなきゃいけないのはこの言葉じゃない。自分でも本当に言わなきゃいけない言葉が何か分かってる。


「気のせいならいいんだけど。ただなんとなく、何でもない気がしないんだよね……」


 直緒だって何かがおかしい、って気づいてる。ただ多分このまま誤魔化せば直緒は流してくれる。


 でもそうしたら絶対、互いにわだかまりが残る。


 現に直緒は何とも言えない顔をしている。見ているこっちまで不安になるようなそんな顔。直緒のそんな顔見たくない。


 直緒の視線が私から外れ、鎧武者の飛んで行った方に向かう。


 そのとき、直緒との心が離れてしまったような気がした。


 ただそれはそれとして、あの鎧武者だって今は沈黙してるけど、いつ襲って来るか分からない。

 ヤツと一人で戦うのはきつかったけど、二人でならきっと倒せる。でも今の私たちじゃ、こんな状態じゃ一人ずつ別々で戦っているのと同じ。

 それじゃ意味がない。


 だから、どうすればいいのかは分かってる。

 私の想いを伝える、それだけの事。あとは一歩踏み出すだけ。


「直緒!」

「友美、どうしたの?」

「あの……そのね……」


 そこまでは言えた。だけどそこから先が出てこない。やっぱり、言わなきゃいけない言葉が喉元に詰まってしまう。


「どうしたの?」


 質問を吹っ掛けたわりに何も言わない私に、直緒も戸惑っている。


 本当のことを言って直緒に嫌われたら、そう考えると怖い。あと一歩の勇気が出ない。


 でも、わだかまりを残すのも嫌だ。それにさっき謝るって決めたじゃん! ここで言わなきゃ直緒の想いにも、自分の想いにも反することになる。だから――


「あのさ、右手のことなんだけど……実はね、さっきの一撃の反動で痺れてて感覚が……無いんだ」

「大丈夫!?」


 私の言葉を聞いた直緒はすぐさま駆け寄ってくる。


「ごめん……。自分でもさっきのをすれば反動で自分が傷つく、って分かってたし、これが直緒が一番嫌いって言ってたこと、ってのも分かってた。人が嫌だって言ったことをするなんて、私って最低だよね」

「そんなことないよ」


 直緒がそっと優しく、祈るような形で私の右手を握ってくれる。

 右手の感触はないはずなのに、直緒のあったかい手の温度と気持ちが伝わってくる。


「確かに友美が傷つくのは嫌だけど、でもこの手は友美の想いを遂げてくれた手だから」

「えっ? でも私は直緒に私の想いを言えて――」


 直緒は私の言葉を遮り、私の目を見てにっこりと話し始める。


「そんなことないよ。友美の想い、この手から伝わってくる。みんなを傷つけたくないっていう心からの想い」


 この手を通じ私の心と直緒の心が繋がってる、そんな気がした。感覚のない右手で直緒のあったかさを感じ取れるってのは、多分そういうことなんだと思う。


「それに言ったじゃん。友美の想いと私の想いがぶつかり合うことになっても、それが友美の心からの想いなら構わないって」


 確かにそうは言われた。


「でも直緒の想いを――」

「確かに私には誰にも傷ついてほしくないって想いもある。だけど私の一番の想いは、友美の想いを知りたいってこと。どうしてそんなに自分を傷つけてまで戦うのか、その根本にある想いを。そしてそれを友美に教えてもらえた。私はそれで充分」

「直緒……」


 そのとき私たちはあの鎧武者が動き出す気配を感じ取る。


「チッ! あれを喰らわせたけど、まだ倒せてないか」

「友美、やろう! 二人で一緒にあの変なのを倒そう!」

「でも私今、右手が――」


 そう言うと直緒は動かない私の右手に、彼女の左手の五指を絡めたまま私の横に並び立つ。


「大丈夫。友美の右手が使えなくても、こうしてれば平気でしょ?」

「手を繋いだまま?!」

「うん」


 そんな無茶な!


「無茶じゃないよ。だって今の私と友美は、みんなを傷つけたくないっていう同じ想いを抱えている。だから大丈夫、絶対にこの手離さない」


 口に出してないはずの私の想いを、直緒は汲み取って言う。


「それに想いを叶えられなそうなときも、寄り添って助け合って一緒に叶えるのが親友ってもんでしょ?」

「直緒……」


 相変わらず感覚はないけど、直緒が決意を込めて手を強く握ってくれたのは分かる。直緒の心の温かさが、言葉と共に想いが強く伝わってくるから。


 この手を握り返せないのがもどかしい。

 でも考えるべきはそうじゃない。握った手を通じて伝わってくる直緒の覚悟に、私も応えなきゃ。


 気持ちを鎧武者の方へ向ける。


「話は終わったか? さっきからごちゃごちゃうるせぇんだよ」


 出てきやがった。あの忌々しい鎧武者が。


「やるよ、直緒」

「うん」


 私たちは鎧武者の姿を見て、お互いに確かめるように言う。

 そして、同時に叫ぶ。


「心を合わせて!!!」


 心を、想いを合わせて手を握ってる私たち。


 でも、そんな私たちに鎧武者はなめ腐った態度で言い放つ。


「感動的な再会と言いたいところだが、不意打ちだけしか能の無いやつと、雑魚相手に消耗してるやつが手を取り合ったところで、俺には到底及ばん」


 相変わらずの上から目線の挑発。

 その言葉に直緒が応える。


「いや! 私はあなたのことをよく知らないけど、これを引き起こしたのがあなたなら、私たちは絶対にあなたを倒す!」

「お手手繋いでか? なんとも微笑ましいな」

「この手は、私たちの繋いでるんだ!」

「だからどうした。そんなもの俺の前では無意味だってことを教えてやる」


 私たちを見下してる心理状態からの、ヤツの律儀な攻撃宣言。


 ってことは一気に来る!


「直緒!」

「うん!」


 決断した直後、鎧武者は矢の如く飛び出し、瞬きの暇も与えず目の前に。しかし私たちは同時に飛び退き、ヤツの拳はむなしく地面を叩き壊す。


 繋いだ右手から直緒の想いが、心が、力が伝わってくる。そして「みんなを傷つけたくない」という共通の想いがどう動けばいいか指し示す!


 飛び退き空中にいる間、繋いでいる手を同時に振り上げ鎧武者の脳天目がけ一気に振り下ろす。

 しかし向こうの反応も早い。繋いだ拳が兜に届く前に、咄嗟に左手で攻撃を庇う。


 だけれども、ヤツの左手を守る籠手には大きな亀裂が走り、直撃させた部分は原型を留めぬほどに砕ける。


「何っ?!」


 驚愕する鎧武者には構う暇もなく、身体は次の動作に向かって動いている。私はフリーな左手で、視線を移すと直緒はフリーな右手でヤツを殴るべく拳を構える。


「はぁぁっ!!」


 気合いを込めた掛け声までもがハモり、同時に鎧武者をぶん殴る。手にかかる反作用も押し抜いて殴り倒す。

 殴り倒された鎧武者はうめき声を上げながら荒れ果てた地面の上を転がってゆくが、途中で受け身を取ってその場に飛び起きる。


 あの身のこなし、スピード、そしてパワー。さっきまで向こうが全力でなくとも私にとって脅威だった。

 でも今は違う。今ならあの鎧武者を倒せる気が、いや絶対に倒せる。


 直緒も同じ気持ちだって、繋いだ手から伝わってくる。二人の想いが重なってる今なら絶対に倒せるって想いが。


「高々手を繋いだだけのくせに。なぜ、俺が押されなければならない?」

「さっき直緒が言った通り、この手は私たちの心を繋いでいるのよ!」

「だからどうしたってんだ!」


 怒りと焦りを含んだ、怒号にも似た声で鎧武者は叫ぶ。


「私たちの心は繋がり、心に抱える同じ想いは! その重なりあった想いは、私たちの更なる力になるのよ!!」

「じゃあその手の繋がりを直接叩き切ってやるよ!」

「私は何が起ころうとも、繋いでいる友美の手を離したりしない!!!」

「勝手にほざけ!!!」


 鎧武者が怒りに任せて突っ込んでくる。その怒りによって負のエネルギーもこれまで以上に高まってる。


 だけど負ける気はしない。直緒の心からの決心が繋いだ手を通じて、私に大丈夫って安心感と力を与えてくれているから。


 でも今は直緒に痺れて動かない右手を握ってもらってるだけ。直緒から想いと力を貰ってるけど、私からは何も返せていない。


 ――私も直緒の想いに応えたい!


 そう心に強く思った瞬間、痺れていた右手の感覚が戻り、直緒の想いに応えるべく手をギュっと握り返す。


「行くよ、友美!」

「うん!」


 私たちは顔を見合わせそう言い合い、突っ込んでくる鎧武者を見据え、繋いだ拳を揃って引く。


 一瞬で眼前に迫る鎧武者。結んだ手と手へ振るわれる拳。


 迫りくる拳に向かって想いを込めて繋いだ一撃を放つ。

 拳と拳が重なり合い、けたたましい衝突音が廃墟に響く。


 想いの力と負の力の激しいぶつかり合い。


「断ち切れろぉぉおおお!!」


 鎧武者は繋いだ拳を打ち砕くべく力を増加させる。


 その勢いの強さに小さくうめき声が上ってしまう。


 だけど、重ね合わせた私たちのこの想い――


「絶対に負けてたまるかぁぁあああ!!!!!」


 二人して叫び、やってきた鎧武者の拳を打ち砕く。打ち負けた鎧武者は痛みに悶える声を

 上げながら大きく後ずさり、拳を抑えながら膝をつく。


「なぜだ、なぜこんな奴らに!」

「分からないようなら言ってやるわよ! !!」


 私は鎧武者を睨みながら続ける。


「私たちの、誰にも傷ついてほしくないって想いが重なって共鳴しあい、より強い想いとなって、更なる力となるのよ!!」


 私の心に思ってる言葉が、想いが、サラサラと流れるように口から飛び出す。


「黙れ!」


 とうとう反論もできないらしい。力も口もこっちが上! それなら、ここで決める。


「直緒! 一気に行くよ!!」

「オッケー、友美。ここで決めよう!!」


 互いに助走をつけるべく、足を引く。

 そして、


「一!」


 直緒が叫び、


「二!」


 私が応え、


「三!」


 声と動作を揃えて思い切り踏み切り、高く跳ぶ。アウトレットの二階の屋根を軽く超えるほどの高いジャンプ。


 そのの最中に感じたものは風をきって飛び上がる音と、私の想いと、繋いだ手から伝わってくる直緒の想い、そして私の鼓動とピタリと合う直緒の心音。ただそれだけ。


 跳躍の頂点で私たちは手を繋いだまま、内側の方の足で飛び蹴りの態勢をとり、心に浮かんだ言葉をそのまま叫ぶ。


「重ねた想いを最大限に!!」

「二人で一撃の!!」


 蹴りを保ったまま一気に鎧武者へ突っ込む。


協力コンビネーション極限脚撃エクストリーム!!!」


 私の右足と直緒の左足が、同時に鎧武者を蹴り飛ばす。


「ぐぁぁあああ!!!」


 ヤツは割れんばかりの叫び声を上げながら、蹴られて大きく吹き飛んでゆく。

 私たちは息を揃えてなんとか着地。


 ヤツを守る鎧は至る所がひび割れ、その隙間から絶え間なく黒い炎が噴き出し燃え盛る。


「俺は死なない。貴様らを倒すまでは!!!」


 鎧武者はそう断末魔を残し、遠くで黒い炎を上げながら爆発する。その爆発から発せられる尋常じゃない瘴気に思わず目を閉じる。


「やっ……たの?」

「やったよ! 友美!!」


 その瞬間パトカーのサイレンが耳に入る。


「あっ! 友美、逃げよう!」


 直緒が私の手を引いて駆けだす。いつの間にか私の右手に力が入らなくなっていたけど、御構いなしに直緒は私の手を引く。


 逃げつつも目を開き、鎧武者が爆散した場所を眺める。


 その場から鎧武者は綺麗さっぱり消え去り、脅威は去ったよう。だけど不可解なことが一つだけある。


 ──そこに鎧の中にいたであろう者の姿は無かった。

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