第38話 私の想い轟かせ 〜友美〜

 絶対にあの鎧武者を直緒の元へ行かせてなるものか!


 でも、大量の憎念に囲まれて身動きが取れない。


「クソッ!」


 ひたすらに四肢を振り回し、憎念を倒して直緒の元へ向かおうとする。

 私の一撃は的確に憎念の頭部や胸部を砕き、蹴りは鋭く突き刺さりその身体を裂いてゆく。


 だけど、どれだけ拳を振り回して憎念を殴り倒そうとも、どれだけ憎念を蹴り倒しても、鎧武者に召喚された憎念が滝のようになだれ込んできて、その場から一歩たりとも動くことができない。


 募る想いに突きつけられる現実。


 こんなところでちんたらしてられないってのに!


 焦りでだんだん私の思考が、目が、心が曇っていく。


 距離感を見失い、気持ちに反し打撃の入りがどんどん浅くなる。逸る気持ちに追いついているのは拳をぶつける勢いや、足を振る速度だけ。


「はぁああ!!」


 声を張り上げながら殴りつけ、勢いで誤魔化しその事実を見ないふり。


 早く、早く行かないと。アイツが直緒の元に行っちゃう。もしかしたらもう……。いや、そんなことない。大丈夫、まだ大丈夫。でも……万が一。


 曇った頭の中で出口のない疑問がぐるぐると巡る。私の意識は目の前に居ない直緒に向けられ、目に映ってるはずの憎念が見えなくなる。


 攻撃の手ごたえが更に浅くなってゆく。もはや憎念がまともに見えていない。倒せているだろう、という想定で次の攻撃を繰り出す。


 もし、もう既にアイツが直緒に辿りついていたとしたら? きっと大丈夫。直緒は負けない。負け――


「くっ」


 間一髪憎念の拳を躱す。その突きが思考を遮る。


 そうだ。集中して、早く向こうに行かないと。手遅れになる前に。手遅れに、手遅れに。


「手遅れ」という三文字が曇った頭にリフレインして、喧しく響き渡る。


 もう手遅れだとしたら? 直緒を信じてないわけじゃない。でもアイツは認めたくないけど、強い。万が一……もしかしたら……。


 勝手な妄想に私は不安になる。

 ゾッと血の気は引いていき、握り拳は震える。呼吸は浅くなり、鼓動は早くなる。


 その不安が曇った心に雨を降を降らせる。燃えたぎっていた想いは鎮火し、纏う炎が消えていく。


 燃え盛る炎の力を失った私の非力な拳では、奴の生み出した特殊な憎念は倒せない。それを殴った手を通じて瞬時に理解し、曇っていた視界が開ける。


 倒しきれなかった憎念はその場に立ち尽くし、その手を大きく振りかぶっている。私を殴り飛ばすために。

 状況を理解したときにはもう手遅れで、憎念の拳がガッツリ私の額に衝突。


「うぐぁ!」


 痛みに思考を支配され、情けない声を上げながらその場から吹っ飛ぶ。

 地面に打ち付けられても勢いは弱まらず、勢いのままに転がり続ける。気づいたときには、道向かいの店舗の外壁に衝突し、その店のビラを外看板も派手にぶっ壊した。


 身体を覆うビラを掻き分け、瓦礫をどかして立ち上がる。


 今の湿気ってしまった心では想いの炎はもう灯りそうにない。でも痛みが不安も吹き飛ばし、冷静さは取り戻した。


 どうする? どうすればこの憎念の集団を切り抜けてアイツに追いつける? 考えろ。きっとアイツは直緒に接触寸前のはず。もう時間はないの! 追いつくには時間を止めでもしない限り無理。

 でもそんなことできるわけない。それに今の私はヤツが生み出した雑魚を倒す力すらない。


 また不安とどうしようもなさで心の中はまたしても雨模様。どうしようもなさが苛立ちへと変わる。


「じゃあどうすればいいのよ!!」


 苛立ちが心の中に雷を落とす。衝動に身をまかせるように、私は無意識に声を張り上げてしまう。


 途端に静寂がその場と私の心を包む。耳に入るのは叫び声の残響と荒れた自分の呼吸だけ。

 まるで世界から取り残されてしまったかような、自分だけ違う世界にいるような静寂。


 でも不思議とそれを認識できるくらいに、頭の中は冷静だった。


 そのとき心と頭の中に電流が駆け巡り、バチっと閃く。同時に装甲が雷を纏い始め、青白く輝きだす。


 そうだ。さすがに時間は止められないけど、それに近いことならできる。


 ――『雷光加速』。あの技を使えばヤツに追いつける。反動は壮絶だけどやるっきゃない。このボロボロの身体がどうなろうとも。


 必要な力をチャージするため、集中すべく構えをとる。そのとき引いた右足が何かを踏みつけ、滑って転びそうになる。


「ったくもう! 何よ!」


 足元を見るとそこには、パンケーキの写真が書いてあるビラ。さっきまで直緒と平和にランチをしていた、まさにその店のビラ。


 正面の憎念にしか注意がいってなかったから気づかなかったけど、振り返るとこの店は確かにさっきのパンケーキ屋。


 誰もいない荒れ果てた店内。ここにはさっきまで私たちを含めた大勢の笑顔が、直緒に言わせれば幸せがあった。


 そんな幸福をあの鎧武者はそれをぶち壊した。そんなヤツを絶対許さない。だからやるしかない! この身がどうなろうとも!


 でもそう心に決めたとき唐突に、


『やっぱり誰かが嫌がってたり、痛がったり、痛みに耐えながら無理に戦って欲しくない』


 という直緒の言葉を思いだす。


 さっき伝えてもらったばかりの──ただ、戦いに夢中で今の今まで忘れていた──直緒が私に向ける「想い」。


 私が今しようとしているのは自らを省みず大技をぶっ放すこと。それは共に戦う大切な親友が嫌だと言ったこと。


 でも今ここにいるのは私だけ。直緒は見ていない。ならその姿を直緒に見せなければ……。


 そんな考えが頭をよぎる。


 だけどそれってさっきの自分の言葉に、そして何より大切な親友に嘘をつくこと。そして彼女の想いを傷つけること。

 この状況で私に残された選択肢が一つしかないのは分かってる。だけど、だけど!


 ――私は直緒に、大切な親友に、嫌われたくない。


 誰にどんなことを思われようが別に気にしないし、そうやって生きてきた。でも、それは他人だと割り切っていたからそう思っていただけ。

 でも直緒は私にとって、他人として割り切れない位置にいる。大切な仲間であり親友という位置にいる。


 だから、そんな親友が明確に嫌だと意思表示したことをするなんて、嫌われるに決まってる。直緒に嫌われたら……。それを想像すると不安で不安でたまらない。


 でもそうしなきゃ、直緒はあの鎧武者に危害を加えられてしまう。それも私は嫌。


 距離の離れていた憎念たちもどんどん近づいてくる。


 行くしかない、でも嫌われたくない。そんな考えが脳内を堂々巡り。そこに時間がないという焦りも加わり、思考は出口のない迷宮に囚われ身動きが取れない。


 時間がない。一体、どうしたらいいの……。


 もう私の心の中はぐちゃぐちゃで、ドロドロで、先も見えないくらい真っ暗で、冷え切っている。心は再び土砂降りの雨模様。


「どうしたら……」


 そして心の雨は、涙となって頬を伝い右手の小指を濡らす。


 そのとき突然、右手の小指があったかくなる。まるで小指だけで手を繋いでいるような。


「指……切り?」


 そして私は指切りの記憶、直緒とした大事な約束を思いだす。 


『友美が持ってる心からの想い。それをないがしろにせず尊重してあげて、その想いに背かず素直に行動するって約束してくれる?』


 その言葉が思考の迷宮に風穴を開け、心を晴らし、私のすべきことを指し示めす。


「こんな大事な約束も忘れちゃってたなんて、私って最低な女。お酒の量、ちゃんと考えないと。危うく記憶と一緒に大事な想いも、約束も完全に飛ばすとこだった。直緒にはちゃんと謝らないと」


 私の心からの想い。それは――


「私は他人にも、仲間にも、誰にも傷ついてほしくない!」


 瞬間、胸部の宝石が眩い光を放ちだす。今までに感じたことのない力が心から湧き溢れ、身体中に漲る。装甲の輝きは強さを増し、表面を電が駆け巡る。


「充電完了」


 私は絶対に、絶対に!


「大切な仲間を、親友を、直緒を傷つけさせない!!」


 その想いを心に強く抱きながら、雄叫びを上げ駆けだす。


「雷光加速!!!」


 その瞬間、世界の動作がほぼ完全に止まる。


 風に吹かれて宙を舞うビラや砂ぼこり、木の葉は動きをやめ空中に固定されている。この前のスローモーションのような目に見える変化もなく、私の目には静止画のようにしか映らない。

 それは目の前にいる憎念たちもまた同じで、私には動かないマネキンのようにしか見えない。


 エネルギー消費も気にならないくらい、心の底から力があふれ出してきている。いつまでもこの加速した世界に居られそうな気がする。

 だけどこの前はそれで危うく失敗しかけてる。それに厳密にいえば時が止まってるわけじゃない。


「とっとと片付けないとね」


 目の前の憎悪で出来たマネキンの群れを眺めながら、自分を鼓舞するようそう呟く。


 ――行くわよ。


 駆け出しながら勢いそのままに憎念を殴り、憎念は砕け散る。

 砕け散った憎念の破片も、落ちることなく宙に留まる。


 駆けた勢いをそのまま乗せ、次の憎念を蹴り上げる。跳ね上がったその身体は空中に取り残されて動かない。


 相手が動かないとはいえ、一体一体倒していてはキリがない。何か方法を考えないとマズい。


 そのときまたしても頭の中に電流が駆け巡るように、バチリと一つのアイデアが閃く。


 下がダメなら上から行こう。


「やるか」


 ほぼ静止した時の中で、私は手近な憎念の胸倉を掴み、馬飛びの要領でソイツの肩の上に飛び乗る。そしてそのまま頭を踏みつけ一気に憎念の上を駆けぬける。

 頭を踏みつけ砕きながら一心不乱に、あの鎧武者めがけて。


 集団の終点にたどり着き、途切れた足場のその向こう側へ飛び下りる。


 走りながらの体感ではあるけれど、この憎念の群れはゆうに二十メートルほどにわたって続いていた。上を駆け抜けてよかったと心底思う。

 とりあえずこいつらの後処理は警察に任せ、急いで本丸に向かって荒れ果てたアウトレットを駆ける。


 目に映るアウトレットは先ほどと大きく変わり果てていた。廃墟と呼ぶに相応しいこの場所をただ一つの目標に向かって突き進む。


 絶対に直緒を傷つけさせない、その想いを胸に抱いて。


 ぽっかりと大口を開けた店舗や、所々ひび割れた柱、そしてさっきまで楽しく買い物をしていた店舗の残骸を通り過ぎると、それはいた。


 ヘイトとか名乗ったあの鎧武者クソ野郎が今まさに直緒を殴らんと、ハンドボールのシュート直前のような態勢で空中に張り付いていた。


「間に合って本当によかった」


 本心からの言葉が口から零れ落ちる。しかし、その言葉を口にしてから気づく。


 違う。そうだけど、そうじゃない。今の私がしなきゃいけないこと、それは――


 鎧武者の正面に回り込み、小指から順番に拳を握りしめ、身体中に漲っているありったけの力を込めて、


「お前からみんなを、直緒を守ることだぁぁあああ!!!!」


 漲る力と心からの想いを鎧武者の無防備な胴へ向け解き放つ。

 瞬間、世界が動き始める。


「なっ!?」

「友美!?」


 二人の驚きに満ちた声。

 しかし、お構いなしに一撃打ち込む。


 その手には鎧にひびの入る感触、耳には苦痛に歪んだうなり声。

 そして拳は雷そのものとなって、ヤツを貫きふっ飛ばす。


 空中で一撃を打ち込まれた鎧武者は、そのままアウトレットの二階に向かって一直線。二階の通路を貫通し、店舗の中に飛び込んでゆく。


「友美! どうしてここに!? てか、大変だよ! 変な憎念を倒したと思ったら、変な騎士が殴りかかってきてて、そしたら友美がここにいて……変なのが吹っ飛んで……? えっと、ええっと。何が何だかさっぱりだよ!」 


 直緒は状況を飲み込めず、明らかに混乱している。しかも突発的にしゃべりすぎてて、言ってる文章が前後で繋がっていない。


 でも直緒らしいっちゃ、直緒らしい。


「よかった。無事で」


 また本音が隠せず漏れてしまう。

 でも伝えられそうにないことが一つだけあった。


 ――今の私には、右手首から下の感覚がない。

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