第37話 私の想い、貫いて 〜直緒〜

 もしかしたらもう憎念を倒したんじゃ? そう気を緩めた瞬間、目の前にマネキンの胴体とレジスターが飛んできてた。タイミングを合わせパンチでそれらを退ける。

 その二つの後ろから現れたものを見て、私はギョッとする。


 そこには私がいた。


 正確には鏡に映った私。多分、試着室にあったであろう大きな鏡が目の前に迫る。

 鏡の中にはびっくりして間抜けに固まった私がいる。


 唐突に間抜けな私が砕け散る。


 砕けた私の奥から憎念の拳。

 ガラスの砕ける甲高い轟音。その音にビックリして、反射的に両手で顔面を庇う。


 割られた鏡が私の身体を鋭く斬り裂く。


 スーツ越しの肌に、鏡が駆け抜けたルートに沿って直線状の熱さが。それに少し遅れて、憎念の拳が両手のガードを突き抜け、胸の装甲にめりこむ。


「ごふっ!」


 先ほどの仕返しと言わんばかりの衝撃。両足が宙に浮き憎念が急激に遠ざかる。そんな私を小さな子供向けの遊具が、大きな悲鳴を上げて乱暴に受け止める。


 眼前には物凄い速さで憎念が追撃しに来る。だからいつまでも遊具と遊んでるわけにはいかない。


 急いで飛び退き、追撃を躱す。


 行き場を失った攻撃は遊具をペシャンコに叩き潰した。あれをまともに喰らってたらと思うと、ゾッとする。


 お互いの間には数メートルの距離。素手の間合いではないけど、こんな距離一瞬で埋められてしまう。


 拳を構え、憎念を睨んで必死に観察する。


 何か。何か弱点というか、突破口を探さないとやられる!

 思い出せ、アイツの行動を。そこから弱点を探すんだ!


 またしても予備動作なく突っ込んできて、一瞬で顔と顔が向かい合う。


 身を捩り、左拳の振り上げをギリギリ躱して反撃するが一歩届かない。ヒラリと受け流される。すかさず脇腹を狙うも、避けられ空振り。


 憎念の動きの感じが変わる。直線的で豪快な動きから、繊細で優雅な舞のような感じに。


 もうその対応に手いっぱいで、弱点探してるどころじゃない!


 私たちの一進一退の殴り合い。向こうの瞬速の殴打を反射的にギリギリで避け、伸び切ったその腕と身体めがけて拳を振るう。

 しかし憎念にはスッと避けられ、互いに一撃も入れられない。


 パンチ、と見せかけて回し蹴り!


 フェイント気味に蹴ってみるけど、態勢を下げられ当たらない。


 身体の動きを通じて、実力の差をひしひしと感じる。


 私は感じたまま攻撃を躱し直感で反撃するけど、憎念の回避動作は余裕すら感じられるほどにスマート。


「くっ!」


 このままだとマズい!


「りゃああああ!」


 焦りに身を任せ衝動的に殴りかかる。一撃で終わらせるべく、頭部めがけて。


 でも私の拳が届く前に、向こうの拳がお腹に突き刺さる。


「うぐっ」


 スーツが威力を弱めるけど、その衝撃は背骨にまで達し、痛みで目を見開く。そこに見えたのは憎念のつま先。


 そのまま憎念は躊躇なく、私の頭を蹴り上げた。


 痛みが頭蓋を駆け巡り、脳を揺さぶられる。

 地面から足は離れ、内蔵が浮く感覚がする。二階のお店のロゴが近づいて見え、そして遠のく。


 私浮いて――


 ゴンッ! 


「痛った!」


 そう思ったときには、地面に身体をしたたかに打ち付けていた。

 下からさっきのロゴを見つめる。


「私あんなところまで……」


 ゆうに三メートルは浮いていたらしい。


 私よく生きてるな、ってそんな場合じゃない!


 視線を憎念に戻すとまたしても、巨体が弾丸のように私めがけて突っ込んでくる。

 追いつかれ振り降ろされる腕。直感でごろりと寝返りをうち、緊急回避。


 私を叩き潰すべく振り降ろされた腕は、むなしく地面を叩き割る。割られたタイルは飛び散り、小さな穴ぼこを中心として放射状に大きな亀裂が地面に走る。


 追撃に備えて跳ね起きるも、憎念は地面に両椀を振り下ろした態勢のまま固まっている。最初のタックルのときと同じように。


 それを見て気づく。


「あっ!」


 もしかしたら弱点見えたかも。 


 それを確かめるために、全力ダッシュであれが固まってるうちに距離をとる。十メートルほど離れたところで憎念はまた再起動し、高速で迫りくる。


 まず躱さないと!


 憎念は一瞬で迫りくる。ギリギリまで引きつけて、飛び退く。

 直撃は免れた。だけどその巨体が巻き起こす風圧に、踏ん張りを効かせても後ずさってしまう。


 攻撃を躱された憎念は虚空を殴り、その場に固まる。


 やっぱりそうだ! 多分、高速移動の後には隙ができる。そこを狙えば!


 再び距離を開け、向こうの再起動までの間睨み合う。

 訪れる束の間の沈黙。雰囲気にそぐわない春の優しい風が肌をなでる。


 唐突に引き金は引かれ、拳銃の弾丸のように憎念が来る。

 直感に身を任せ、身を捩る。


「カウンター、キック!」


 隙をさらした憎念の後頭部に身体を捻った勢いそのまま回し蹴る。蹴られた憎念は私の予想を超え、遠くに転がっていく。


 この距離ならもう一度、同じパターンで迎撃できる! 


 憎念が起き上がり、再度こちらに照準を向け飛んでくる。


 もっとギリギリまで引きつけて!


「さあ、い――」


 引きつけ過ぎて、ガッと左手首を掴まれる。巨大な拳に掴まれ、ギリギリと悲鳴を上げる装甲と私の腕。

 間髪入れずに、私は乱暴に放り投げられる。行き先には巨大な柱。


 このままだとマズイ!


 本能的に空中で身体を前傾させる。足が柱に突き刺さり、その衝撃を受け止める。


 あ、足が! 千切れそう……。なんとか踏ん張ってるけど、ちょっとでも力を抜けば柱にぶつかっちゃう! そのまま柱に身体を預けたいほど、キツイ。

 でも!


「みんなを守るためにぃぃいいい!!」


 憎念が地面を踏み切るのと同時に、叫びながら柱を思い切り蹴っ飛ばす。勢いそのままに飛び蹴りの態勢に移る。


 そして、空中で私の蹴りと憎念の拳撃が重なり合い、鈍く激しい衝撃音が響き渡る。


 向こうはジャンプし、私の足にきっちりパンチを合わせてきた。


 足の裏から腰まで届くほどの衝撃。柱の衝撃の比にならないくらい痛い。破壊本能の権化のような攻撃に押し負けそうになる。


 だけど、私の蹴りはみんなを守るため! だからこんなところで!


「負けるかぁぁあああ!!!!」


 込めた想いは力の均衡を打ち破って憎念の拳を貫き、打ち砕く。キックに押し負けた憎念のグローブのような腕は消滅し、憎念は力なくその場に落ちる。


 パンチを突き破った私の目の前には別の柱。


「やっ!」


 瞬間、足を曲げ衝撃を吸収しつつ柱を蹴る。バネのように再び飛び出し、フラフラと立ち上がる憎念に、そのままもう一撃キック。

 憎念を蹴り抜いた先にはまた別の柱。今と同じように柱を蹴り、憎念にもう一撃。


 アウトレットの通路の感覚は狭く、憎念を蹴った先にはすぐに別の柱や壁が現る。その度にそれを蹴り直し、憎念にキックを当てる。


 もう誰も傷つけさせない!


 その想いに身を任せ柱、憎念、柱、憎念と交互にひたすら蹴り続ける。


 倒す、倒す。倒す! みんなを守るために!! 誰も傷つけさせない!!!


 私の想いの丈をぶつけるように、何度も何度もただひたすらに憎念を蹴り続ける。


 私は憎念を中心にアウトレットを縦横無尽に飛び回る。柱を蹴り直すたびにスピードは増し、想いを乗せたキックの威力は増す。

 蹴りを浴びせるたび憎念の身体はひび割れてゆき、どんどんと決着が近づく。


 これで決める!!!


「これで終わりだぁぁぁああああ!!!」


 今までで一番のキックが憎念を貫く。


 蹴りに耐えきれずバキバキバキッ、と憎念の全身に大きな亀裂が走る。その亀裂から黒い炎が漏れ、憎念の身体はその炎に包まれながら爆散し消滅する。


「やっ……た?」


 スライディングの態勢でその光景を見守る。


 瞬間、背後に強い負の力を感じ振りかえる。


 そこには、


「喰らえぇぇ!!」


 と今にも拳を振りかざさんとする、謎の仮面騎士がすぐそこまで迫っていた――。

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