第36話 燃える想いを力に変えて 〜友美〜

 私は燃え盛る想いと共に、鎧武者に飛びかかる。


「遅いな」


 目に見えた挑発。


「うるせぇ」


 握り締めた拳を振りかざし、


「なあ!」


 胸部に向けて、振りぬく。


 ヤツの左手が私の拳を受け止める。鎧と装甲が直接ぶつかり合い、重々しい衝突音が響く。


 殴った腕に伝わるは攻撃の反動。燃え盛る私の腕と対称的に、深海のようにどこまでも深く冷たい鎧の温度。

 そして鎧に小さいながらも亀裂が入った感触。


「なっ!」


 伝わるわよ、お前の焦りが。言葉から、そして拳から。


「どう? 躱すまでもない、非力な、攻撃の味は」


 鎧武者は何も言わず、空いてる右手で殴りかかってくる。私も左手でヤツと同じように受け止めてやる。


 ガツン、と手のひらに衝撃がのしかかる。


 組み合う私と鎧武者。鎧武者は私を組み伏せようと力を加えてくる。


 なんとか耐え、拮抗してる。しかし身長差で上から圧倒される。手首が、肘が、膝がギリギリと音を立て軋み、痛む。

 鎧武者から伝わってくる感情が焦りから、余裕へと変わってくるのがわかる。仮面の下でほくそ笑んでいるのも伝わってくる。


 腹が立つ。ムカつく、ムカつく、ムカつく! 優勢になった瞬間、上から見下してきやがる。その態度の変化が――


 ムカつくんだよ!!!


「ぐらぁあああ!!」


 イラついた感情をそのまま乗せ、仮面めがけて頭突く。鎧武者は小さく呻き声を上げ、組んだ手を解く。


 痛った! 打開策として頭を使ったのはいいけど、こっちの頭もカチ割れそう。だけどこの取っ組み合いは外れた。


 さあ、こっからよ! 覚悟しやがれ。


 自由になった両手で、仮面と胴に続けざまに一撃かます。

 ヤツの仮面は軋み、胴は歪む。


 しかし鎧や仮面が砕けそうな手ごたえはない。両手に残るのは強固で頑丈な鎧の手ごたえと、心の芯まで冷えそうな冷たさだけ。


 さっきの宣言通りコイツは私の攻撃を全て受け、鎧は堅牢な城壁の如く主君を守る。


 だからそれをよしとして、私はひたすらに殴る。

 仮面を、胸部を、腹を、人間の枢要部を連続して殴り続ける。


 涓滴岩を穿つ。その精神をもってすれば、この鎧だって砕けるはず。いや砕いてみせる!


「砕けろ!!」


 全身全霊の力を込め、仮面めがけてハイキック。鎧武者もとっさに防御し、左の籠手でキックを受け止める。


 そのとき、ついに城壁の一部を破る。


「何っ?!」


 籠手には小さいが視認できるほどの亀裂が走る。くっついていた不気味な装飾は耳障りな音を立てて砕け散り、空中で黒い炎となり、空に消えた。


「もう一回!!」


 飛び上がり、足を頭の上まで振り上げ力を込める。右足に宿した燃え盛る炎と共に、亀裂の入った左籠手めがけ振り下ろす。


「バーニングヒールドロップ!!」

「甘い!」


 そう言い、鎧武者は身を躱す。


「なっ?!」


 行き場をなくした右足は地面に振り下ろされ、持て余した力の全てをそこにぶつける。舗装用のタイルは薄氷のように軽々と割れ、その下のコンクリートにも小規模なクレーターができあがる。


 避けやがった?!


「汚いわね!」

「何がだ?」

「約束を守らない男は嫌われるわよ」

「約束? あんな戯言信じていたのか、おめでたいやつ。それにお前のような尻軽のクソビッチに嫌われたところで、何も構わん」


 秒で頭に血が上る。


 なんでどこの馬の骨かも分からないヤツに、そんなこと言われなきゃならないわけ?


「んだと?」


 メラメラと燃える衝動に身を任せ、拳を握り締める。


「もういっぺん、言ってみろぉぉおおお!」


 ヤツに向かって飛びかかり、殴り構える。


「なっ!」


 瞬間、足首に締め上げられているかような激痛。同時に移動方向のベクトルが下向きに変わる。


 そして私は、地面とキスをした。久々のキスの味は砂とタイルと口内からにじみ出る鉄の味。その感触は岩のように固く、そして衝撃は脳髄まで響く。


 受け身も許されず、したたかに全身を強打し、まともに身体がいうことを効かない。

 喉の奥から振り絞って声を出す。


「てめぇ、何を……」


 鎧武者は文字通り私を見下しながら言う。


「隠し玉は最後まで見せない、それが常識」


 そしてその正体を見せつけるように右手を軽く振りながら続ける。


「だが、これを使わせたのは褒めてやる」


 見るとヤツの右手首、裾のところから鎧と同じ材質の触手のような鎖が伸び、私の片足首へと巻き付いている。


「クソッ」

「その痛みが、お前が俺にぶつけようとした痛みだ」


 雄叫びを上げ、痛みを燃やし尽くして立ち上がる。


 そんな私には目もくれず、鎧武者は踵を返す。


「おい! まだ終わってない!」

「お前と遊ぶんでいるのも楽しいが、物事には限度ってものがある。時間にも、まだ不完全なこの力にも。向こうも片付けなきゃならない以上、お前にばっかり構っていられない」

「それって、まさか!」

「弱い方から倒す方が効率が良さそうなんでな」


 直緒!


「させる――」

「おっと。俺がもう一人を片づけるまで、お前にはこいつらと遊んでてもらおうか」


 鎧武者は私の言葉を遮って、辺り一面に黒い炎をばら撒く。そしてそこから次々と憎念実体が誕生し、間もなく私は大量の憎念に取り囲まれる。


「じゃあな。また会おう。それまで生きてたらな」


 そう言い残し、鎧武者は直緒の戦ってる方に向かう。舞踏会にでも向かうかのような、余裕に満ち溢れた優雅な歩みで。


 クソッ! 早く、早くなんとかしないと直緒が! でもこの状況どうすればいい? どうしたら。どうしたら!

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