第35話 憎念を統べる者 〜友美〜
「流石はオモイビト。だがそれくらい捌いてもらわないと、話にならんがな」
突如響きわたる声。その方を見ると、全身真っ黒な甲冑に身を包んだ鎧武者がいた。
その甲冑のデザインは見たことない独特なもの。
「何者だ!」
私は鎧武者に対し牽制しつつ、正体を探ろうと試みる。
顔は鎧に完全に覆われ、三叉の槍のような角が目を引く。その角は鼻筋のように逆側にも伸び、面の下部分には口のような意匠が見える。三角形型の鋭い目が二つ。
その姿は兜ではなく、言わば仮面のよう。
そして全身に黒い炎が揺らめいている。
「憎念……実体?」
小さな呟きにその鎧武者は答えた。
「俺をそんなちんけな存在と一緒にしてもらっては困る。俺の名はヘイト。憎念を統べる者だ」
「憎念を統べる? たいそうなことを言うものね」
「たいそうなことかどうか、その眼でしかと見るがいい!」
ヘイトと名乗ったその鎧武者は、間髪入れずに殴りかかってくる。
速い!
拳が風を切り迫り来る。
「くっ」
すんでのところでそれを躱す。
ギリギリで焦る私と、対称的に表情のない仮面。でもその仮面の下にも焦りの表情はないだろう。
そのまま後方へ飛び、鎧武者から距離をとる。
あいつ、言動も攻撃もヤバい。
躱せたからいいものの直感がそう告げている。できれば近づきたくない。
アイツはその場にいたまま追撃してこない。それは恐らく余裕の表れ。
それならそれで好都合!
ホルスターから銃を抜き、流れるように照準を鎧武者に合わせる。銃にエネルギーを込め、引き金を引く。
放たれた想いの弾丸は一直線に駆け、その鎧に鈍い衝撃音が三回。放った全弾が命中する。
そのはずなのに、鎧武者は微動だにしない。
「そんな豆鉄砲、躱すまでもない」
マジかよ。普通の憎念なら、三回死んでるわよ? その上で、人の本気を豆鉄砲呼ばわりか。
アイツは踏みしめるように一歩一歩、ゆっくりと距離を詰めてくる。
冷や汗が頬を伝う。頭では何ともなくても、心は正直らしい。
確かにあの鎧武者、只者ではない。
ゆっくりした足取りで恐怖がにじり寄ってくる。
「ならば恐怖と共にその鎧、断ち斬るまで!!」
柄に手をかけ背中の鞘から刀を抜く。鎧武者に向かって駆けだし、斬る。
「フン」
鎧武者は鼻で笑い、滑るように身を引く。
空を斬り裂き、当たらぬ刃。
「くっ」
その鎧といけ好かない仮面を斬り裂くべく、何度も刃を向け刀を振り下ろす。
「ハッ! セイッ!」
しかし、私の想いはヤツには届かず宙へと消えゆく。
「そんな速さでは、触れることすらかなわんぞ?」
本気の剣戟をコイツは踊るように躱し、いなされる。
悔しいけどヤツとは速さが違う。初撃に比べればスピードは落ちてるとはいえ、今の私では斬るどころか追いつくことすら叶わない。
でも、それなら私も早くなればいい。
私は刀を持ったまま右ひじを右膝に置き、鎧武者に向かって前傾姿勢。雷の力を高め、身体に駆け巡らせる。力の高まりとともに、装甲がほのかに青白く輝き出す。
「感じが変わった? だが、そんなこざ――」
「はあっ!」
金属同士が激しくぶつかりあったような大きな衝撃と、頭に直接響くような甲高い音。
閃光のような速度で一太刀浴びせ、ヤツの言葉と鎧を斬る。
「っぐ」
不意を突いた刹那の一撃。鎧武者は初めて焦りの声を上げ、後方へ吹っ飛びそうになる。しかしヤツも踏ん張りを効かせ耐える。その証拠に足元のタイルはバリバリと捲れ、二本の轍を描く。
もう一撃!
衝撃を堪えて俯く鎧武者に、すかさず追撃。加速し、更に速度を増して刀を振り上げる。
しかし、
「なんで?!」
驚いたのはヤツの身のこなし。
振りの速度はさっきよりも増してる。そのはずなのに鎧武者は身体を反らすように攻撃を躱し、刃は鎧の表皮を舐めるようにしか捉えられない。
でも態勢は崩した。荒い呼吸音も仮面越しに伝わってくる。どうやら今の動きが向こうの限界らしい。
だったら、もう少し加速すれば、ヤツを斬れる!
「はぁぁあああ!」
雷の力を高める。装甲に稲妻が迸る。
「喰らえ!!!」
今までのどの攻撃よりも早く、水平に刀を振り鎧を捉える。
ガンッ!
刃は鎧を喰らう。
「──ッ!」
しかし発せられたその音と刀越しに伝わる手ごたえは、私の望んだものではなかった。
耳に入るは金属に金属が激しくぶつかる音、手に伝わるは痺れる程の反動。その衝撃は肩にまで響く。
私はその鎧を斬れなかった。それどころか鎧そのものや、妖しげな曲線を描く装飾にすら、傷一つ付けられなかった。
どうして? 刀の芯で捉えたはずなのに。全力で刀を振るったはずなのに。
「不意打ちとは、ちと焦ったが、根本的にその非力な刃では私を倒せぬぞ?」
鎧武者は淡々と事実を述べるように言う。
そして刀の柄を握る、私の両手に向かって足を振り上げる。
「うっ!!」
私の全力を受け止めた強固な鎧から繰り出される、鋭い蹴りが両手に突き刺さる。
衝撃と痛みに抗えず、握っていた拳は開き、刀は宙を舞う。蹴り飛ばされた刀は天高く放物線を描き、私の遥か後方に落ちたらしい。虚しく響く金属音がその遠さを物語る。
私の視線は蹴られた両手に落ちる。しかし視界の端には私を殴らんと構える鎧武者の握り拳。
「ハッ!!!」
みぞおちに、構えた拳が向かって来る。
痛む両手で防御。
しかし、
「ぐふっ!!」
構えた両手を突き抜けヤツの強打がみぞおちにめり込み、私はその場からぶっ飛ばされる。
「うぅっ」
痛みが身体の中枢に直接響く。呼吸も浅くなり、身体が生物の本能としてうずくまろうとする。
でもそうするわけにはいかない。
むせ返りながらも、理性で無理やり御してなんとか立ち上がる。
「クソッ!」
攻撃が効いてる感じがしない。どうやって倒せばいい?
鎧武者がゆっくりと向かって来る。
「それがお前の全力のようだな」
あの野郎。私の力を見切ったのをいいことに、完全に見下してやがる。
「そんなお前の攻撃なんぞ、躱すまでもない」
言葉に抑揚がつき始める。人の感情に触れる、聞いてるとイライラしてくるような抑揚が。
挑発してくるほどに、いきなりおしゃべりになりだした。
つまり、
「舐めやがって……」
そういうことだ。
ムカつく。ヤツの挑発に、そして自分の非力さに。
絶対アイツを倒す。その想いが私の中で燃え上がる。
決意を心に、私は拳を握り締める。
「なあ、お前言ったよな? 私の攻撃なんぞ躱すまでもないと」
「ああ、言ったが?」
「なら私の攻撃、躱すんじゃねえぞ!」
感情が、心が、拳が燃え上がる。感情に呼応して装甲が赤く染まってゆく。
「また小細工か。まあいいだろう。受けてやるよ、お前の非力な拳」
ヤツに一撃決めるべく、火力を高める。
そのとき、
『痛みに耐えながら無理してほしくない』
直緒の言葉が頭の中に反芻する。
「……うん。大丈夫。絶対に直緒には嫌な思いさせない」
私はそう呟き、更に火力を増す。
「絶対無茶はしない。これが負担がかからない全力の限界ギリギリ。これでアイツを倒す。直緒の心を、想いを傷つけないためにも」
「独り言は済んだか?」
余裕綽々、いけ好かない奴。
だがもう準備は済んでる!
「いっくぞぉおおおお!!!!!」
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