第34話 私の戦い 〜直緒〜

 私は憎念の気配を感じ取り、一目散に爆発の起こった現場へ駆けだして行く。


 急がなきゃ。これ以上苦しむ人々を増やしたくない。


 この想いが私の身体を駆け巡り、突き動かす。


 現場に来てみると、そこはさっきのお店だった。外観を彩るガラス張りのショーケースや、私たちを迎え入れた自動ドアは全て吹き飛び、お店の中身が丸見えになってしまっていた。

 お店の中も酷い有様で、商品だった衣服はぐちゃぐちゃに散乱し、マネキンたちはバラバラに離散。棚やレジもバッコバコに壊れている。


 そしてそのお店の中にチラリと、黒い炎がゆらめいているのが見えた。


 間違いない。あれがこの騒動を引き起こした憎念だ。


 ソイツに向かって、迷わず一直線に走り出す。


 私は友美のように器用じゃないし、いろんな力を使いこなせるわけでもない。だけど何かに一直線に向かう、瞬発力なら友美にも負けない自信がある。


 だから、アイツに気づかれる前に近づけば!


 店の中央に鎮座している憎念に向かって弾丸のように距離を詰める。


 そして一気に、


「ぶっ飛ばせる!!」


 ソイツに向かって、私の接近に気づく暇を与えずトーキックをおみまいする。


 なすすべなく蹴り飛ばされた憎念はサッカーボールのように店の奥に飛んで行く。


「あっ」


 まだ形を留めていた棚や試着室を巻き込み、壊しながら突き進み、あっという間にお店はどうしようもないくらいに荒れ果ててしまった。



 どうしよう?! やっちゃった!


 私は、自分が憎念をぶっ飛ばした後のことを何も考えていなかった。というか倒したいという意識が先行しすぎて、そこまで思考が至らなかった。


 店内は煙が充満していて視界が全く効かない。そのせいで蹴った憎念がどうなったかもわからない。


 ほぼ私のせいなんだけど……。


 ボロボロになったお店を眺めていたそのとき、空気を斬り裂くような音がする。同時に煙を切り裂き何かが突っ込んでくる。


「ん?」


 それに気づくや否や、


「うぐはっ!」


 物凄い衝撃が胸部を直撃。

 意識がお店の方に集中していたせいもあるけど、攻撃が速すぎて受け身が取れない。

 向かいの店のガラス戸を突き破るほど飛ばされる。


「いてて……」


 痛みを堪え顔を上げ、私を吹っ飛ばした者の正体を見た。


 タックルをかました後のフォロースルーのまま動かないソイツは、明らかにいつも相手にしている憎念と違う。


 まずデカい。友美が百七十センチちょいだけど、それと同じくらい、いやもしかすると友美よりデカいかもしれない。

 そして両拳にあたる部分はボクサーのグローブのように、不自然に膨らんでいて、頭には鉢巻みたいな装飾らしきものが付いている。


「何だろう、一体?」


 頭の中に疑問符を浮かべていると、さっきのパンケーキ屋の方から、


「はぁぁあああ!」


 という、友美の気合いを入れた力み声が聞こえてくる。


「友美!」


 友美が向こうで戦ってる! 助けに――


 そのとき、逃げ遅れた買い物客の人たちの悲鳴や泣き声が、私の耳に飛び込んでくる。

 そして近くの柱の陰には、今にも泣き崩れてしまいそうな女の子がいた。目には零れそうなほどの涙を浮かべ、恐怖に耐えながらそこに隠れて、必死に息を殺していた女の子が。


 ――助けて!

 

 直接聞こえたわけじゃない。だけどその子や、みんなの心の声が私の頭にこだまする。


 幸いにも憎念はまだ動きそうにない。


 私はその子の元へ向かう。


「もう大丈夫! さあ、お姉ちゃんの手をとって」


 差し出された手を取り、安全なところまで送ってあげる。


 逃げる女の子に、ニコッと笑いかけ憎念のもとに急いで戻る。憎念はまだ動いてない。


 そのとき、


『強すぎる想いは正の想いも負の想いも引き寄せる』


 というあのときの心の声を思い出す。


 そうだ。私と憎念が引き寄せ合ってるから、この憎念は私に狙いを定めている。

 だけどここで私が友美の方に行ってしまったら、目の前のこいつは逃げ遅れた人たちの方に向かっちゃうかもしれない!


「友美のことも心配。だけど、ここには守るべき多くの人がいる。だから!」


 今の私がすることは一つ。そのために、一心不乱に駆けだす。


「私はこいつを倒すッ!! これ以上みんなを傷つけさせない為にぃぃいいい!!!」


 向こうの頭部に持てる全力でブン殴る。


 その場に響いたのは乾いた破裂音。


 この手に響くのは今までに感じたことのない感触。これが人の命を守る重みだとでもいうような、とても重く、手に突き刺さるような手ごたえ。


 でもその重みは背負わなきゃいけない重み。背負わなきゃいけない想い。


 私はその重みを拳に、心に、憎念を殴りぬける。

 私の攻撃を喰らった憎念は数メートル吹き飛ぶ。だけど地面にぶつかった瞬間にゴロリと態勢を立て直す。そしてその勢いを利用し、反撃せんと私に向かって一直線に向かい来る。


 かなり離れていたはずなのに、瞬きの間にはもう眼前に憎念が迫る。


「はっ!」


 気づいたときにはグローブのような両手で、私の脳天に兜割り。


 ガツンと衝撃が襲い来て、頭が割れそうに痛む。視界が歪み、急激に地面との距離が近づく。


 でも私はみんなの想いを背負っているんだ! 倒れるわけにいくもんか!


 私は全身に力を籠め何とか踏ん張り、殴られた勢いに想いを乗せ、憎念の胸部を頭突く。

 ピキッ、とヒビの入る音が私の頭を通じて響いてくる。


 よし! 効いて――


「うっ」


 私の思考はみぞおちに入った膝蹴りに遮られる。痛みに身体が海老のように丸まる。


 意地でとっさに蹴ってきた憎念の足を膝ごと抱え込む。そのまま頭上に放り投げ、


「たりゃああ!!」


 オーバーヘッドで蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばした先にはまたも無関係な店舗。憎念が飛び込んだせいで、見るも無残な姿に早変わり。

 でも奇跡的にその店の避難は終わってて、中はもぬけの殻でよかった。


「今のうちに急いで逃げてください!!」


 今がチャンスとみて、逃げ遅れた人たちの避難を促す。ぞろぞろと逃げ遅れた人たちが避難していく。


 私はそれを邪魔させまいと、店の中の憎念に全神経を集中させ見張る。


 今のところ動きはないけど、倒せていない以上、動きだせば人々を傷つけるだろう。だからみんなを守るため、その動きに集中し神経を尖らせる。この身を盾にしてでも守るために。


 憎念は多くの衣服や崩れた棚、割れた鏡に埋もれたまま。


 この硬直状態は幸いにも、残った人々が逃げ切っても続いていた。ピクリとも動かない憎念に、もしかしたらもう倒しているんじゃないのか、という希望的観測と油断が脳裏に浮かぶ。


 でも違った。向こうはこの瞬間を待っていた。

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