第33話 嵐の前の静けさ 〜友美〜

 今日は週末、日曜日。時間は午前十時過ぎ。直緒と共にアウトレットモールにいる。

 自宅からここまで来るのに、今日は二時間かかり、家を出たのが八時過ぎ。


 これが何を意味するかと言えば、ニチアサと呼ばれる時間帯のテレビを何も観られなかったということ。ヒーロー物も、そしてプリエイドも。


 でも、今日はそれでいい。


 プリエイドは録画予約できるから見逃しても大丈夫。だけど、親友と出かけるのはその日限りだから。


「地図だとこの辺のはずだけど」


 モールの中で私のよく着るブランドの店を探す。ただ、ここは普段来ないアウトレット。回廊型で上下二階に分かれている。青空の見える開放的で、迷宮のようなアウトレット。

 だから私は地図を見ても勝手が分からないけど、


「それならそこだよ」


 と地元民の直緒は手慣れた様子で店を見つける。


「いらっしゃいませ」


 店員の挨拶を通り抜ける。


「丈、短かっ! こっちはスッゴイ胸元ザックリだし」


 直緒は店に入ってから驚きっぱなし。


「初めて?」


 一応聞いてみる。


「もちろん!」


 だと思った。


「友ちゃん、この前露出控えめって──」

「大丈夫だよ。ほらこっち」


 直緒の心配を遮り、店の奥の露出控えめゾーンへ。


「ほら、この辺なら直緒も着られそうでしょ?」


 直緒は案内されて、周りを一瞥。


「うん。意外と着られそう」

「じゃあ、似合いそうなのセレクションしとくから、ちょっと待ってて。直緒も気に入ったのとかあったら、自分で選んでていいからさ」

「分かった」

「じゃあ、鬼が出るか蛇が出るか。お楽しみってことで」


 何か言いたげな直緒。私は彼女が何か言う前にパンツを選びに行く。


 さて、どれにしようかなぁ。

 直緒の武器を強調するには、やっぱスキニーだよね。これとか、これとか。こっちの普段直緒が着ないような、ショッキングピンクもいいかも。


 直緒の選んでると自分のも欲しくなるなぁ。あっ、これいいや。買おう。

 あっ! このネックチェーンもいい感じじゃん。買おう。


「何かお困りのことは――」

「別にいいっす」

「ごゆっくりー」


 私は別にいいけど、直緒はここの店員さんに話しかけられたらめっちゃ慌てそう。普段来ないし、自分で選んでるわけじゃないもんね。……、早く戻ってあげよう。


 直緒へのおススメを選び終わり、手に持っていたパンツをカゴに入れる。


「直緒〜」


 試着室の前で直緒を呼ぶ。


「はいこれ、友美セレクション。とりあえずパパッと全部履いちゃって」

「分かった」


 渡した籠を持って試着室の中へ。ガサガサ布が擦れる音がして、止まる。


「どう?」

「履けたよ」


 最初は白のスキニー。直緒はくるりと回ってみせる。

 凄くいい感じ。


「いいじゃん?」

「本当?」

「うん。 それじゃ次いってみよう」


 直緒はまた試着室の中へ。

 そして次は黒のスキニー。全体的に引き締まった印象だけど、その引き締まりをものともしないヒップラインが視線を集めること間違いなし。


「めっちゃ似合うよ!」

「そ、そうかなぁ」

「直緒的にはどう?」

「足細く見えるから、黒はありかも」


 本人的には別のところに心惹かれてるけど、本当の魅力は買って、大学に着てきたとき教えよう。


「はい次―」


 次の試着を促す。


 カーテンが閉じて少し経ち、直緒が困った感じに聞いてくる。


 「ねぇ、これ本当に着なきゃダメ?」

「え? うん、もちろん。着てね」


 色、結構攻めたから、やっぱ着づらい部分あるか。でも、それを乗り越えてこその魅力。だから頑張れ。


「ねぇ、着ては見たんだけどさ……」


 なんとも自信なさげな、カーテンを開けたくなさそうな声。


 そんなに、直緒が嫌がりそうなの入れたかなぁ。


 どうにも自分から出てきそうになかったから、


「ほーら!」


 と言って、カーテンを開けてみる。

 すると、そこにいたのは顔を赤らめながら、何故かホットパンツを履いている直緒。

 その姿に少しの間見惚れてしまった。


「やっぱいいお尻、それにいい足してる」


 ボソッと本音が漏れる。それを自分で聞いてハッとする。


「いいじゃん、いいじゃん!」


 漏れ出た本音を隠そうと、必要以上におだてる。


「よくない! 友ちゃんこの前、露出高いのにしないっていったじゃん! これじゃほぼ出てるようなもんだよ!」


 あっ。


「ゴメン。それ私が買うやつだったわ」

「友ちゃん!」


 私は笑いながら謝る。

 直ぐに試着室に引っ込む直緒。カーテンの端からホットパンツだけが出てくる。


「ゴメンって」


 それを受け取とり、もう一着渡したやつに着替えて直緒が出てくる。

 結構攻め気味かなって思ったショッキングピンクも、割と好感触で履いてくれる。


 私の買う予定のホットパンツが混ざってしまったというトラブルはあったものの、試着は無事終わり、三着ともいいって感じ。

 直緒は私が勧めたの全部買うこと決めてくれた。本当は一着くらいプレゼントしてあげようと思ったけど、流石に悪いってことで断られてしまった。別にそんなことないんだけど。


 こんな感じで、時間を消費し丁度お昼前。

 私たちは直緒が行きたがっていたパンケーキ屋に向かうことにした。



 買い物を終えパンケーキ屋を目指す私たち。

 心待ちにしていた直緒は足早に店に向かっている。手に持つ紙袋のガサゴソという音も、なんだか楽しげに聞こえる。


 店に着くと昼前だというのに、席は八割ほど埋まっている。危ない危ない。あと少し遅かったら外で待つか、諦めなきゃいけなかった。

 そのまま空いてる座席へ通される。


「ギリギリだけど、座れてよかったぁ」

「マジそれ」


 店員さんがメニューを持ってくる。


 流石、パンケーキ屋。メニューを開いた一ページ目にはパンケーキの写真だけが鎮座している。数枚のパンケーキにクリームのタワー、周りにはフルーツが盛り合わさってる。たしかこういうのをハワイアンスタイル、って直緒が言ってたような。


「私これ!」


 直緒はメニューを開いて即決。私も早いとこ決めないと。

 しかし、凄いな。メニューの見開き一のページ目、全部パンケーキ。次のページもパンケーキ。次のページはパフェに冷たいデザート。その奥にようやくランチメニュー。


「友ちゃん何する?」

「ちょい待ち」


 マジでどうしよう。


 直緒はパンケーキの写真を見て恍惚としてる。早く食べたくてうずうずしてるのが見てて分かる。だから早く選ばないといけないんだけど、どうすればいいんだろう。


 金曜にはランチメニューもあるって勧めてくれたけど、直緒的にはやっぱり一緒のものを一緒に食べたいのかなぁ。だとすれば、このプレーンパンケーキ。

 だけど、写真見てるだけで、もう口の中が甘くなっちゃってる。


 でも、せっかく普段来ない所に連れてきてもらってるしなぁ。それに、やっぱこういう時は相手に合わせないと。……よし。


「私……プレーンパンケーキか、なぁ」

「別に無理しなくてもヘーキだよ」


 直緒は私にニコッと微笑む。


「甘いの苦手だと、ハワイアンスタイルちょっとキツイ感じもあるからね。」

「そう……見えてた?」

「だって、甘いの苦手って言ってたじゃん。それに、一昨日言ったでしょ? 私とか気にしないで、自分の食べたいの食べなって」


 あっ、と何かに気づいたように付け加える。


「いや、パンケーキを本当に食べたかったら、パンケーキ頼んでいいんだよ。お節介だった?」


 私の本当に食べたいもの。


 メニューをもう一度眺め直す。やっぱり申し訳ないけど、大々的なパンケーキのページには目が止まらない。その代わり、小さな写真のデミオムライスに目を奪われる。


 うん、決めた。


「私、デミオムライス」

「じゃあ決まりだね。後で私のパンケーキもちょっとあげるよ!」

「いいの?」

「もちろん! 友ちゃん連れて来たのは私だから」


 店員さんを呼んで、直緒はパンケーキを、私はデミオムライスを頼む。

 洒落た内装のお店で、料理が来るまで待つ。

 そんなとき、


「ねぇ、友ちゃん?」


 直緒が質問。


「何?」

「さっき私に履かせたホットパンツ買ってたじゃん?」

「うん」

「あれ本当に履くの?」

「もち。履かないもの買わないでしょ?」

「まあそうだけど」

「お待たせしました!」


 店員さんが私たちの話を終わらせる。


「こちら、パンケーキとデミオムライスでございます」

「うわぁ! 凄いね!」


 感嘆の声をあげる直緒。


 目の前に置かれたパンケーキは確かに凄い。

 五枚のパンケーキがボンボンボン、と重なっている。その上には綺麗に巻かれた、天まで届きそうな純白のクリームの塔。更にその上からドバーッとかけられた、透明なシロップ。

 私のデミオムライスも小洒落てる。でも目の前の皿を見ると、それすら霞んで見える。

 いつまでも料理を眺めていても仕方がない。

 二人揃って、


「いただきます」


 食べ始める。

 美味しそうにパンケーキを食べる直緒。その姿を見てると、顔がほころぶ。


「ところでさ」

「何?」

「まさかとは思うけど、直緒のお昼ってそれ?」


 気になってたことを聞いてみる。


「うん!」

「直緒って、甘いもの本当に好きだね」

「大好き!」


 直緒はそう言い切った。嘘偽りなんてない感じに。


「あんまり得意じゃない人からすれば、どうしてそんな好きなのか不思議だよ」

「それこの前先輩にも言われた」


 あの人も甘いの苦手なのか。


「甘いもの好きなのはなんで?」


 直緒は得意げに答える。


「だって甘いって幸せでしょ?」

「甘いが幸せ?」

「うん。甘いもの食べてると幸せな気持ちになるんだ」

「ふーん」


 幸せな気持ちねぇ。


「それに、シェアすれば幸せを分け合えるし、送れば幸せを届けられる。誰かを想って手作りすれば、想いも幸せも届けられるでしょ?」

「なるほどねぇ」


 好きなものの好きな理由を言えるって、本当に好きじゃないとできない。だから、直緒は本当に甘いもの好きって改めて思う。


「はい、幸せのおすそ分け」


 目の前にパンケーキの乗ったフォークが差し出される。クリームとシロップ少なめで。


 差し出されたパンケーキを食べてみる。


 甘い。かなり甘い。


 でも、あの見た目から想像したほどではない。あの甘さの権化みたいなクリームは、意外とさっぱり。

 それに甘さよりも、酸っぱさのほうがちょっと多いベリーたち。そのフォークにどうやって乗せたの? ってくらいの量。だけどそれがいい。


 私の口の中に広がる、甘味と酸味の絶妙な感じ。これが直緒の言う、幸せ。直緒に分けてもらった、幸せ。


 直緒の言うことが分かった気がした。


 その幸せを噛みしめながら、聞いてみる。


「じゃあ、直緒の嫌いなものって?」

「辛いもの!」


 直緒は間髪入れずに即答。


「食べるのも、人が食べるのを見るのも嫌!」

「見るのも?」

「うん! だって辛みって、痛みなんだよ? 辛そうにしてるってのは痛がってるってことじゃん」


 言われてみれば一理あるような、ないような。


「私、誰かが痛がってるのとか、嫌そうにしてるの嫌だからさ……」


 そう言う目線は一瞬だけ、パンケーキの皿の方に向いていた。

 でも、気のせいみたいに直緒は私の目を見て続ける。


「しかもさ、私辛いの大丈夫ですなんて言いながら、汗ダラダラ流してたりする人いるでしょ?」

「確かにいるわ。謎の強がり」

「そういう強がってるとこ見ると凄く痛そうだなとか、苦しそうだなって自分のことみたいに思えちゃうからさ、苦手なの」


 思ったことが出てしまいやすい、直緒らしさ全開の理由だ。


「じゃあ、他にも嫌だって共感しちゃうこと多いでしょ?」

「うん、お腹一杯なんだけど苦しそうに食べてたり、痛そうな描写の多い映画だったり」

「だったり?」


 私の言葉に一瞬だけ時が止まる。


「……無理に痛みに耐えながら、戦ったり。やっぱり誰かが嫌がってたり、痛がったり、痛みに耐えながら無理に戦って欲しくない。その姿を見てると私の心も痛いけど、やっぱり本人はそれ以上に痛いだろうから」


 ――私のことだ。


 誰かなんてごまかしてはいるけど、間違いなく私のこと。解かりやすいよ、やっぱり。


 ナイフがお皿に当たる音、スプーンがお皿に当たる音が別々に響き渡る。


「ごめんね、変な空気にしちゃって。あっ、そうそう。さっきのパンケーキどうだった?」


 別々に音を立てていたスプーンとナイフが、その音を止める。


「超甘そうな感じしたけど、意外とそうでもなくていい感じ!」

「でしょ? 酸っぱめのベリーもあると食べやすくない?」

「そうだね」


 直緒は私を気にしてくれて気を遣ってくれてた。

 おすそ分けが甘くなりすぎないように。私が食べててキツイなって感じさせない、いい塩梅になるように。


 だけど私は、直緒にあんな戦いを見せてしまった。痛みを燃やし尽くすような、彼女が一番嫌うであろう戦いを。

 私は知らず知らずに、直緒に嫌な想いをさせてしまっていた。直緒を傷つけてしまっていた。


 そう気づいたとき、なんだかオムライスを食べ進める速度が下がる。逆に、直緒のパンケーキはどんどんなくなってゆく。

 このままだと、直緒を待たせることになりそうだから、慌ててオムライスを食べ進める。


「美味しかったね」

「そうね」


 その甲斐あってなんとか同時に食べ終わる。

 お会計を済ませて店を出る。


 そのとき、アウトレットモールのショッピングエリアからけたたましい轟音と、悲鳴が聞こえる。その方からは黒煙も立ち上っている。


 そして同時に、私の心の中に黒い靄が急速に広がる。


「友ちゃん!」


 それは直緒も同じのよう。

 すぐに周囲の視線から隠れられる物陰を探して、二人してそこへ駆け込む。


「私たちがやらなきゃ!」

「いくよ、直緒!」


 誰にも見られていないスペースで、私たちはポーズをとり、


「情愛変化!!」


 同時に叫んで、変化する。


「いっくぞぉおお!」

「ま、待って!」


 私は走りゆく直緒の背中に、声を送ることしかできなかった。もちろん直緒は止まらず、騒ぎの元へと向かってしまった。


 私も直緒を追いかけようとしたそのとき背後から鋭い何かが、風を切る音が微かに聞こえた。


 すかさず刀を構え、死角から飛来した何かを弾き、凌ぐ。

 見るとその何かは黒い炎を纏ったクナイのようなものだったが、地面に刺さるや否や消滅する。


「よく捌いたもんだ。流石、オモイビト」

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