第32話 憎悪装着 〜友美&優斗〜
〔友美視点〕
毎週金曜恒例、二限の怨霊学。今日も今日とて山田教授は色々話してる。
お腹空いてて、あんまり頭に入ってこないけど。
「さて、この講義もそろそろ、きちんとした『怨霊と日本史』の講義の内容に入らないと、カリキュラム通りいかなくなってしまいますね」
八号館の大教室の教壇の上、マイクを持ち、笑いながら教授はそう告げる。隣の直緒はノートは取ってるみたいだけど、少しうつらうつら。
「怨霊が日本史に登場する瞬間は多々ありますが、日本史教育的にセンセーショナルに教えられるのは、菅原道真公でしょう」
手元のレジュメにも大きく、太字で強調してその名が書かれている。
「道真公は生前も日本史に大きく関わりますが、その活躍はここでは省きまして、ここで語るべきは彼の最期とその死後。彼は朝廷内での権力争いにより、太宰府へと左遷させられ、強い負の感情を持ちながらその生涯に幕を下ろしました。そして死後怨霊となり都に祟りを引き起こし、その祟りを鎮めるため神様として祀られた、というのは中学校でも教えられる有名な話です」
有名な話というか一般常識。
「そこで大事なのは、道真公の祟りの一つとされてる清涼殿への落雷、それと怨霊と日本史を強く結びつけるキーワードの『御霊信仰』、それと陰陽師です。レジュメの次のところ」
教授が示したレジュメの次項目には、鬼が雷を落としている絵図、それに御霊信仰という言葉の説明が書かれている。
「レジュメのこの絵は、北野天神縁起絵巻に描かれている、清涼殿落雷を描いた絵図です。この絵図はその現場を見て描かれたリアルなもの、と言いたいところですがこの北野天神縁起絵巻。実は鎌倉時代の作品でこの絵図は現実をそのまま描いたものではありません」
一呼吸置いて話を続ける。
「これはあくまで伝承を元にした想像図。だから道真公はベッタベタな鬼の姿をして、雲に乗り、雷を落としているわけです。とは言え伝承自体は事実。何が言いたいかといえば、絵師の解釈の問題でこうなってしまってるのです。レジュメの二を見てください」
二には古文書の写真の印刷と、その口語訳。
「二は作者不明の随筆文ですが、宮中の貴族が清涼殿落雷事件の翌日に、その目で目撃したものを書き記したものであると判明しており、そこにはこう書かれています」
そういって、レジュメの口語訳を読み上げる。
「昨日、愛宕山の彼方より黒雲がやって来た。その雲はたちまち都中を覆い尽くし、それは雲と言うより、黒く燃え盛る炎だった。その黒雲の中から、角を持った、黒く燃える人間のようなものが現れ、黒雲とともに清涼殿へ降り立つ。そして、『大納言!』と割れんばかりの怒号が辺りに響わたり、その人の腕から雷が放たれ、そこにいた藤原清貫様を雷で殺した」
レジュメの口語訳はその後も続いていたが、教授はそこで読み終える。とりあえず、教授が読んだ位置までアンダーラインを引く。
「この書物は永らく後世の創作物だと思われていましたが、最近の研究で平安時代のものと判明。そして他の章の宮中生活の細かな記述からこの書物の信憑性が大いに高まりました。ゆえに、清涼殿への落雷が道真公の怨念の仕業であることが明らかとなり、そして彼の怨念の強さを物語っています」
教授は興奮気味に話を続ける。力を入れて話すのは結構だけど、学生的には重要な箇所だから力を入れて話しているのか、それとも教授が話してて楽しいけどあんまり重要じゃない箇所なのか、判断がつきにくいからどっちかはっきりさせて欲しい。
「すなわち道真公の怨念は人の形に実体化するほど強力だった上に、都を覆い尽くすだけの量だったということ」
黒板に御霊信仰と大きく教授は書く。レジュメにも書いてあるけど。
「さて、話は変わりますが『御霊信仰』いう概念があります。御霊信仰とは簡単に言えば、天災や災害を非業の死を遂げた特定人物の祟りとして扱い、その霊魂を鎮めお祀りすることで回復しようとする信仰のこと」
知ってる。
「道真公もその対象とされ、天満天神としてお祀りされました。そして人々を害する存在からお護りくださる存在へと変異しましたが、その裏にいるのが陰陽師です」
陰陽師と黒板に書き、御霊信仰と繋げる。
「最初、陰陽師たちは実体化していた道真公のとてつもない怨念を消滅、ないしは封印させようとしましたが失敗したとされています。道真公の怨霊は陰陽師たちに対して怒り、攻撃。その際、道真公の怨霊の前進には黒く燃える光の線が現れ、鬼のような異形の姿に変化し陰陽師に立ち向かい、彼らを退けました」
ん? 身体に現れる光の線……? それって……、いや、まさかね。
「怨霊の封印、消滅に失敗し困り果てた彼らは、その強大すぎる力の向きを反転させるという手法を実行。その結果、その力の向きを反転させることに成功。人を傷つける怨霊と化していた道真公を、人々を守る存在へと変化させました。このような経緯があり、菅原道真公は学問の神様や天神様として祀られているわけで、これが御霊信仰と陰陽師との繋がりになります」
そのとき、講義終了を報せるチャイムが鳴る。
「時間がなくて早足になってしまいましたが、最後に話した御霊信仰と陰陽師の関係、は大事なところですから、次回はこの振り返りからやりますのでよろしく」
教授のその声を、大半の学生は聞かずに一斉に教室から流れ出ていく。
さっき教授は、道真公の怨霊の身体に黒く燃える光の線が現れて、鬼のような姿になったと言った。それって私たちと──。
「友ちゃん?」
直緒の声が私の思考を分断する。
「ああ」
「早く行こ?」
「そうだね」
荷物をまとめて教室から出て、学食へ向かう。
「ご飯どうする?」
「四階の空いてるとこでいいよ」
「そう言えばさ」
直緒がくるりと向き直って、私の顔を覗き込む。
ほんと、屈託のないいい笑顔。
「週末どう? バイトの方」
週末? あぁ、あの件か。
「うん。問題なし。バッチリ逃げてきたから。大学中の男どもを釘付けにするパンツ選んであげるから、私に任せなさい!」
「別にそこまでしなくても……」
「そういえば、直緒はいいの? 最近、優斗さんとご無沙汰気味だけど」
「まあ、友美と買い物なら許してくれるよ」
そう言いながら、直緒はスマホをいじる。
「連絡もバッチリ!」
「ならよかった」
「でも、選ぶにしても、あんまりアレなのは……」
「もう、自慢の武器は使うに越したことないって」
フワッとしたワンピースに隠れたお尻を、パシンと叩く。
「もう! そんなことないってば!」
そんなことなくない。私の目に狂いはない。
だけど、はぁ、と直緒はため息。
「露出少なめでお願いします……」
「分かってるって」
「頼むよ、本当」
大丈夫、絶対露出は控えめなの選ぶつもり。むしろ、控えてる方がその魅力と破壊力を引き出せる。あとは当日フィッテングしていい感じのを選ぶだけ。
「そうだ」
直緒が何かを思い出す。
「ねぇ、行くのってあのアウトレットモールでしょ?」
「そうね」
「その中のお店にね、美味しいって話題のパンケーキ屋さんがあるんだよ!」
「へぇ」
「行こうよ! お昼に」
「パンケーキかぁ」
私甘いのあんまり得意じゃないんだよね。
ただ、心から行きたそうなのが直緒の顔に出てる。
「あっ、嫌ならいいんだけど」
ゲッ、私も顔に出てた?
「そんなことないけど」
慌てて取り繕う。
「友ちゃん確か甘いの得意じゃなかったでしょ?」
「言ってたっけ?」
「前、一回」
直緒にいつ、どこで、そのことを言ったか、私も思い出せない。というか言ったのか? 私。
「よく覚えてるね」
「そりゃ、人の好きなことと、苦手なこと、一回聞けば私、忘れないんだ」
「凄いね、それ」
「だって、相手の嫌なことさせちゃうのは、私も嫌だから」
「優しいんだね。直緒って」
私と大違い。
「そんなことないよ。あっ、そう言えばそのお店、ランチも力入れてて美味しいって言うからさ。私のこと気にせずそっち頼んでいいよ」
直緒はどうしても行きたいらしい。でも、私のことも気にしてくれてる。
「いいよ。行こ、そのお店」
「いいの?!」
「その代わり、ちょーっと派手なの選んじゃおっかなぁ」
「……。いいよ! 来てもらうし、友ちゃんの選ぶのにする!」
大丈夫、ちゃんと控えめなの選ぶから安心してて。
そう言いたかったけど、あえてからかったままにしておいた。直緒には悪いけど。
覚悟を決めた、その顔に似合わない直緒の真剣な眼差しどうしても見ていたかったから。
買い物してお昼も食べると、プリエイド返上にはなるけど、今回は別に嫌じゃない。能力獲得のためにクソみたいな相手とのデートでプリエイド観れなくなるのは最悪だけど、これは違う。
だって、相手のことをこんなにも想ってくれてる、素敵な親友と出かけられるんだもの。
〔優斗視点〕
俺の見渡す限りには何者もいない。電気もつけずカーテンも閉められた薄暗い部屋。
ここがの家。ワンルーム、ユニットバスの粗末なアパート。標準的な大学生の一人暮らしの部屋。
その薄暗いの部屋の中で、上半身に走る苦痛に耐えかね服を脱ぐ。
皮膚の内側を蛇が這うような違和感と苦痛。その蛇は特定のルートを繰り返し動き、肌を突き破ろうと暴れまわる。
「こんなものか」
姿見に映る自分を見て呟く。
そこには完全な形となった、黒き光の線が身体に浮かび上がっている。
その形は皮膚の下の蛇が這いずり回るそのルート通り。前に掠れて途切れていたところも、光の線は綺麗に繋がっている。その線は腰から首にかけて浮かび上がり、さながら甲冑の胴のような模様が完成している。
「ようやくだ」
完成間近から完成まで、一週間もかかってしまった。憎念を集め、取り込んでも、我が物とするにはまだ時間を要する。しかも完成したとは言え練度も足りない。
「それに俺はこんだけ」
道真公の伝承によれば、彼の光の線全身に浮かび上がったと聞く。それに対して、俺が宿す光の線は上半身のみ。
だが、今はそれで良い。今は不完全だとしてもいずれは俺も、大怨霊たちのように完全になる。
それに光の線が上半身にしか無くとも湧き上がってくるこの力。他人を憎めと、怒れと、恨めと、妬めと、壊せと力が叫ぶ。
身体に走る苦痛が強まる。早く解き放て、と抗議するかのごとく。
漲る力に従い、俺は力を解き放つ。
「憎悪装着」
身体に浮かぶラインから、負の力が黒き炎となって解き放たれる。その炎は一瞬にして全身を包み込む。その炎はだんだんと、身体を覆う鎧へと変化してゆく。そして鎧は足の先から頭の先までを完全に覆い尽くした。
鏡越しに自らを眺める。
「素晴らしい」
負の感情がそのまま形になった鎧の姿は、禍々しくあり美しい。
手足の爪は、他者を傷つけるために鋭く刃物のよう。身を守る装甲は他者を拒絶する甲冑となり、堅牢で隙がない。細部の装飾は燃え滾る憎悪の炎の形そのまま。その曲線は艶めかしく、先端は鋭く尖る。
頭部の兜はすっぽりと顔の上半分まで深々と覆い、下半分を西洋甲冑のように守る。外側からは中の素顔は見えないが、内側からは外がはっきり見える。それはまさに、俺の素顔を覆い隠す仮面。
そして、鎧の内側は負の感情の力で満たされている。
ようやく、野望に一つ近づいた。
「最高の力だ」
仮面越しに全身を眺める。素晴らしい姿、力であることを実感する。ただ、まだ完璧ではない。
憎念で出来た鎧は全身を覆い尽くしているものの、集めた全てを鎧に変換出来ず、余剰分が生じている。
「やはり、光の線が全身に及んでないとこんなものか」
その余剰分の憎念を形にしてみる。すると、憎念実体が一体できあがる。
その実体はより人の形に近く、完成した瞬間からファイテングポーズを取っている。拳の部分はグローブのように膨らんでいる。
「さながら格闘家だな」
俺が未熟だったおかげで、案外いい副産物ができたかも知れない。そう思っておこう。
さて、この力をいつアイツらに振るうか。
そのとき、スマホにラインが届く。
『先輩! 今週末、友美とアウトレットに買い物に行ってきます!』
決まりだ。週末のアウトレットモール。
『気をつけてな』
死なないように。
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