第31話 重なるものと反するもの 〜直緒&優斗〜

〔直緒視点〕


 今日はうちに泊まっていた友美と一緒に登校して共に語学に出た。私が一人暮らしならまだしも実家暮らしで親友と、こうして登校できるなんて。


 なんだか嬉しい。普段通りの道だけど、その歩幅は普段と違って少し大股。


 そしてその後は普段通り講義を受け、普段通りにお昼に向かう。友美も一緒に引き連れて。

 普段と違う大学の日常だけど、ただもう一つ普段と違うことがある。


 今日はどうしてかやけに視線を感じる。いや、被害妄想とかではなく本当にチラチラ見られている。特に男性から。

 一緒に歩いている友美を見ているのだと思っていたけど、注意して観察すると視線の終点はやっぱり私。でも、何がいけないのかさっぱり分からない。


 それは学部棟でも、ペデ下でも、学食でも、どこへ行こうと変わらない。常に視線に晒され続け、友美が普段味わう感情を体験してる気がする。


 そして時は流れてお昼休み。今日も今日とて混んでる学食。

 今日は先輩とご飯を食べようってなってて、先にいるらしいけどどこだろう。


 そんなとき、


「直緒、こっち」


 と私たちを見つけた先輩は、手を振って声をかけてくれる。


「優斗さんお疲れ様っす」

「ああ、友美もお疲れ」


 そう言いながら、私と友美は確保してもらってた席に座る。


「待ってるから、飯買ってきていいよ」

「あざっす。じゃあ、行こうか」


 友美に連れられ、私はご飯を買いに行く。


「んじゃ、私はメニュー見てくるから、決まってるなら先買ってていいよ」

「分かった」


 私はそこで友美と別れ、目当てのご飯を買いに行く。それは学食に入ったときから決めていた、限定商品の唐揚げ丼甘酢ソース。それに一目惚れした私は他のメニューに目もくれず一目散に買い、席に戻る。そのタイミングで先輩と入れ替わる。


 席に戻り、ちょっとすると友美が戻ってくる。そして持っているトレーの上には唐揚げ丼甘酢ソースが乗っている。


「あれ? もしかして被った?」

「甘酢のソースならそう……かな」

「あー、まあ食べたかったしいいか」

「そうそう、被っちゃったとしても、それが自分食べたい物だったならオッケーだよ!」


 そんなことを話してると先輩がバーガーセットを抱えて戻ってくる。


「あれ、二人とも。ご飯も被ってる」

「被っちゃったけど、お互い食べたい物だったから気にしてませんよ」


 そう言うと同時に、私の中で先輩の言葉が引っかかる。


 ご飯『も』? も、って何だ?


 先輩の方を見てみると、他の人と同じように私の顔をじっと見る。その後、友美の顔に視線を移す。

 ヒントはあるけど答えは分からないから聞いてみる。


「先輩、ご飯も、ってどういう意味ですか?」

「だってメイクもお揃いじゃん。それ、どっかで流行った双子メイクってやつでしょ? 何、ことあと二人でどっか行くん?」

「えっ?」


 メイクがお揃い!? あっ、そういえば!


 朝の出来事を思い出し、友美の方を見る。すると彼女は気まずそーな表情をしてる。


「ほら」


 先輩は私たちにスマホを向け、シャッターを切る。画面に映し出された姿を見てびっくり。


 先輩は私と友美が一緒に写るように撮ってくれたけど、私たちは表情こそ違えどメイクは見事に一緒。そこに写る私は普段と別人にしか見えない。


 すなわち私は普段と真逆の、そして友美とお揃いにのメイクになっていた。


 抱いていた全ての謎が解けた。そりゃ普段から注目を浴びてる友美の隣に、同じメイクをしてる奴がいればみんな気にするわけだ。


「いや、双子メイクとかじゃなくてですね。今日は友美にメイクしてもらったんです」


 弁解するけど、それが余計に先輩を混乱させてしまったみたいで、ポカンとしている。


「それ、どういう状況?」


 そして、私は昨日から今朝にかけてのことを先輩に説明する。昨日二人で温泉に入って岩盤浴に入ってから、今日ここに至るまでの段取りをザックリと言い聞かせる。


「へぇー。女二人、温泉と岩盤浴に行き、二人揃って脱ぐもん脱いで心も身体もリラックス。その後、友美の終電と記憶がなくなるまで酒飲んで、お持ち帰り。そして一つ屋根の下で一夜を明かし、お揃いのメイクして、一緒に登校してきたわけだ」


 先輩はにやけながら言葉を器用に選び、誤解を生みそうな言い回しで私の言葉を要約する。


 というか、私は二人で温泉と岩盤浴に行ったとしか言ってないのに、どうしたらそんな言葉が出てくるんですか!


「先輩、誤解を招くような言い方をしないでください!」


 隣の友美は何も言わない。言わないけど、その表情は友美の心境を雄弁に語っている。それは表情だけに留まらず、まるで憎念と対峙したときのような殺気を全身から放っていた。


「ゴメンな。いやそんなに怒らないで」


 その危ない殺気を感じとったのか、先輩は謝り出す。ただ表情がにやけたままだから煽ってるようにしか見えない。


「でも、要約したらそんなもんだろ。それにこうなってんのは、終電逃しても大丈夫なんていいながら飲んでる友美なんだから。悪意のある脚色をしたのは悪かったけど、殺気立つ前に反省しなっての」


 先輩は笑いながら、友美に向かってそう言ってる。横で見てる私は取っ組み合いの喧嘩が始まるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたけど、


「正直、昨日は記憶飛ばすまで飲むとは思ってませんでした」


 と友美が素直に答えたことで一触即発の危機は回避された。

 テーブルの中の温度差が凄まじいことになってるから、私が橋渡し的に先輩に話を振る。


「でも、温泉と岩盤浴気持ちよかったですよ! 今度先輩も一緒に行きませんか? ああ、もちろん混浴じゃないですけど」

「行きたいのはやまやまだけど、申し訳ないがパスで」

「やっぱり、優斗さんも男だから、混浴じゃないと嫌だってさ」


 友美が先ほどのお返しの如く、とんでもない野次を飛ばしてくる。


「んなわけねぇだろ!」


 先輩はそれをキッパリ否定し、続ける。


「俺は……昔から肌がめちゃくちゃ弱くて、ちょっとの刺激でも炎症起こして爛れるから。だから直緒には悪いけど温泉も、岩盤浴も、川も、海も、プールとかの水周り全般がダメ」

「そうだったんですか」

「ごめんな」

「いいですよ。そういう体質なら、絶対無理したらダメですから」


 いくら好きで一緒にいて欲しいからって、人間できないことを強要してはダメ。だから今度から先輩と出かけるときには、水周りに注意しなきゃ。


 なんて考えてると、いつのまにかバーガーを食べ終わってた先輩がスマホを見て表情を変える。なんか、焦ってるような苦しんでるようなそんな感じ。


「すまん。呼び出しかけられたから、今から行ってくるわ」

「分かりました。先輩戻ってきます?」

「いや、そのまま三限出るから、二人でごゆっくりと」


 そう言い残して、先輩はテーブルを後にする。


「あっ、そうだ。ねぇ友ちゃん?」

「何?」

「温泉でさ、パンツ選んでくれるって言ったの覚えてる?」

「もちろん。心配しなくても酔っ払う前の記憶は、ちゃんとあるから」

「よかった。いつ頃行く?」


 友美はスマホを取り出して、ジーッと眺めている。


「うーん。近ければ今週末かなぁ。ただ、週末バイト代わってくれって言われててさ。断れればいいんだけど、しつこいんだよね」

「じゃあ、もうちょい後にする?」

「でもそれだと、スプリングセール終わっちゃうからなぁ。金曜の怨霊学一緒だから、そこで行けるか言うわ」

「オッケー」


 残された私たちは、そんな雑談をしながら、お揃いのメイクでお揃いのご飯を食べていた。

 これを外側から見ると私たちはどう見られているんだろう。


 全然似てない姉妹に見えるのか、仲良しの親友同士に見えるのか、それとも憧れが昂ぶってメイクや食べ物も一緒に揃えた熱烈な友美のファンと本人みたいに見えているのだろうか。


 個人的には、親友同士だけどたまたまメイクと食べ物が被ったくらいに思ってくれるのがいいかなぁ。



〔優斗視点〕

 俺は直緒と友美と別れて男子トイレの個室にいる。


 呼び出しを受けたというテイで抜け出してきたが、それは大嘘だ。呼び出しなんてかかってきてない。


「しかし、直緒の奴。鋭いんだか鈍いんだか。たまに、無自覚に人の核心に迫ってくるときがあるから油断ならん」


 直緒のやつ、こんなときに温泉に誘いやがって。言い訳考えるのも楽じゃない。

 もちろん肌が弱いなんてのも嘘。あいつ、俺のことに気づいてるのかどうか知らないが、それで騙されてくれたから良しとしよう。


 俺は絶対に素肌を見せるわけにはいかない。


 俺はシャツを脱いで上裸になり、鏡の前に立つ。


「もうそろそろか」


 鏡に映る俺の胴体には真っ黒に燃える光のラインが浮かび上がっている。この光の線は徐々に身体に現れ始め、今ではタトゥーのように身体に浮かび上がり、今も段々と広がっり続けてる。


 しかしさっきは危なかった。


 今は服で隠してはいるが、黒い光のラインが地肌に露出するところだった。

 これを他人に、特にオモイビトである奴らに見せるわけにはいかない。だからさっき嘘までついてあの場を離れた。


 とりあえず服の外から見えるところはテーピングを巻いておこう。


 今はまだ所々掠れているがもうじき完全なものとなるだろう。そうなれば、ようやく野望に向かって動き出せる。


 ただまずはこの前の、酔った勢いでしたクソみたいな約束を果たさねばならない。実行するのはアホくさいが仕方ない。野望に向けてのウォーミングアップだと思えば、何となくやる気にはなる。


 そんなとき、ポケットの中のスマホが鳴る。


『あなたの力、いつ見せてくれるのかしら?』


 鏡部からのライン。


『もうすぐだ』


 服を着直しながら返す。


『楽しみにしてるわよ、憎念を統べるヘイトさん』


 期待二割、皮肉八割の返信。


 今に見てやがれ。目にもの見せてやる。


 ただそうしたいのは山々だが、直緒と友美があそこまで仲を戻すとは聞いていない。なるようになれ、とは思ったがいくらなんでも限度があんだろ。

 ああなってしまった以上俺がことを起こせば、二人は協力して全力で俺の邪魔をしにくるだろう。


 だから俺も手を抜くわけにはいかない。まったく、とんだウォーミングアップになりそうだ。


 ただ、やると決めた以上全力でやってやる。


「殺し合うつもりでな」

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