第30話 同伴登校の朝 〜友美〜
「んっ、……うっ」
深い深い闇の中から私は目覚める。その目覚めは、スッキリ快調とは言い難い。
まず目が覚めたはいいけど、空いた瞼が直ぐに閉じる。それに頭は右側が割れそうに痛むし、身体はダル重い。それにめちゃくちゃ気持ち悪い。
寝転ぶベッドは動いてないはずなのに、身体がふわふわして落ち着かない。それに、視界が揺れているし、だいぶ呼吸も浅い。
今の私は昨日のハイカラのせいで完全に二日酔い。だから目覚めも気分も悪い。だけど、私は二日酔いのそれとは別に、なんとも言えない気持ち悪さ、違和感を覚えている。
気分が良くなるにつれて、だんだんと視界も頭もクリアになってくる。そして、気づく。
「どこよ、ここ?」
蓋を開けてみれば答えは単純。ここは私の家ではない。
この部屋にはプリエイドのグッズも、円盤も、ポスターもない。私が幼い時に買ってもらった、宝物のデラックスなりきりジェムもない。本棚には私の部屋にもある少女漫画が入っているけど、この前買った特典付きの最新刊がない。
でも、姿見があって、ドレッサーがあって、そこにはコスメもある。
ってことでとりあえず分かるのは、ここがラブホじゃなく女の子の家っぽい、ってこと。まあラブホじゃなくて一応一安心か。
相手は誰か分らないけど、もしここがラブホだったとしたら、私が記憶をなくしてる間にされてることは言わずもがな。だけど、まあここなら準強姦の被害者にはなってないはず。そう思って一安心。
でも相変わらずここが誰の部屋かは分からない。そんなとき、ベッドの下からヌッと首が出てくる。
「あっ、友ちゃんおはよー」
「うわっ!」
ベッドの上から生首しか見えないもんだから驚いて声を上げてしまう。
「なんだ直緒か。お、おはよう」
とするとここは直緒の部屋らしい。部屋の主が分かったから事の顛末が分かると思ったけど、全然思い出せない。
直緒に聞こう。
「なんで私がここにいるか知ってる?」
「私がお持ち帰りしちゃった」
「お持ち帰りぃ?」
「冗談だよ、冗談!」
私がググッと詰め寄って言うと、直緒は顔を引きつらせて言葉を撤回する。
「私何も覚えてないから、知ってる限りで説明してくれると助かる」
「えっとね、どっから話そうかな」
どっからって、そんなにあるの?
「とりあえず終電間際の私の様子からで」
正直聞くのは怖いけど、聞かないとこの状況にたどり着けない。
「確かね、私がそろそろ終電じゃない? って聞いたら、大丈夫大丈夫、まだまだイケるって友ちゃん答えて。それで、終電ギリギリになっても、友ちゃん、大丈夫って言いながら飲んでて」
「うん」
「で、友ちゃんの終電の時間過ぎちゃったの」
「うん……」
何してんだ、私。
「で、そのあと、電車なくなっちゃったけどどうする? って聞いたら、一人だとしてもラブホでもカラオケでもいいから泊まってくから大丈夫、なんて言ってたから、流石に一人にはさせられないなって思って、うちまで連れて来ちゃった」
いくら酔っ払ってるからっていっても、これは酷い。というかラブホ止まろうとしてたの?
自分のことながら、呆れ果てて言葉が出てこない。
「なんかゴメン。直緒、ありがとう」
「楽しかったからいいのいいの。凄かったよー、昨日の夜。ベッドの上で」
ベッドの上!? 記憶のない間に、これ以上私は何したってのよ!
「凄いって何が?」
私は恐る恐る聞いてみる。
「凄いもんは凄かったよ」
どうして隠すの。もしかしたら、意識が無いうちに直緒に何かしたの……?
そんなわけない、そんなわけ……ない。あんまりにも直緒がちゃんと答えてくれないから、ありえないって分かってても自信がなくなってくる。
「だから何がよ!」
直緒はニヤニヤしながらこう言った。
「寝相」
「直緒!」
私の不安を返せ!
懲らしめてやろうと私は直緒に掴みかかるけど、ベッドの上の人間が下で寝てる人間に掴みかかろうとすれば、必然的に
「うわ!」
「わっ!」
声を上げてベッドから落ち、直緒の上にのしかかってしまう。
「ご、ゴメン」
「私もからかい過ぎだね」
この距離だと直緒の鼓動と呼吸が聞こえる。
「そろそろ、大学行く準備しよっか」
私の下敷きになってる直緒が言う。
「そうね」
私は慌てて直緒の上からどき、直緒の家のリビングへ行く。
そこには誰もおらず、食卓のテーブルの上にはラップに包まれたサンドイッチが二皿。つまり、直緒の分の私の分が用意されていた。
「ああ、お母さんがね、友ちゃんも朝ごはんどうぞ、って作ってくれたみたい」
直緒のお母さんの優しさが胸にしみる。酔っ払って押しかけて来たってのに、朝ごはんまで作ってくださるなんて。果たして、私はこれを食べていいんだろうか。
そう戸惑ってると、直緒は卓について
「ほら、一緒に食べよう!」
と私に言う。
直緒のお家のご厚意に甘え、
「いただきます」
と声を揃えて、直緒と一緒にサンドイッチを食べる。
二日酔いだけど、こ美味しく食べられる、ベーコンとスクランブルエッグとケチャップの挟まったサンドイッチ。
直緒と直緒のお母さんに感謝しつつ食事を終える。
「さて着がえようか」
そうだ、服。私も着替えなきゃな。でも着替えどうしよう、と思って自分の服を見る。昨日の服を着たまま寝たと思ってたけど、昨日の服じゃない。
「友ちゃん。はいこれ」
そう言って直緒はクローゼットの中の服を差し出す。
「えっ、私は昨日のでいいんだけど」
「いや、あれはその……いろいろ溢したり、はねちゃったりしてて、申し訳ないけど勝手に洗濯しちゃってる」
「あっそうなの! いや謝るの私の方だから。マジありがとう」
ここまでされると頭が上がらない。
「でも、ここまでしてくれなくても」
「いや、親友が困ってるなら助ける。それが友情ってもんでしょ?」
「本当にありがとう」
「いいのいいの、さ、着がえよう」
そして、お互いに来てた服を脱ぐ。すると直緒は私をグルリと見渡して聞いてくる。
「ねぇ、友ちゃんの肌、触ってもいい?」
「どうしたのよ?」
「今まで見た中で一番綺麗な肌だから、触っておきたくて」
「触りたいだけでしょ。べつにいいよ」
「やった」
喜びながら直緒は私の肌をさする。
「わー、スベスベだぁ」
「そう?」
「そうだよ! 多分温泉効果もプラスされてさらにスベスベだよ」
肩をさすられてちょっとむず痒くなる。そしてその手はだんだんと下へ、二の腕、肘、右腕、手の甲。そして、直緒はさすった私の左腕を見て言う。
「んー、やっぱ変化してないと、素肌にも光のラインって浮かび上がらないんだね」
たしかに今の私の左腕から胸にかけては、変化するときに浮かび上がる光のラインは現れていない。
「まあ、私もそうなんだけどね」
直緒も自分の素肌を眺めながら言う。
「私はアレ、変化するときだけで構わないんだけど」
正直、あんなもんが日常的に肌に現れてたら、日常生活に支障出るでしょ。誰にも素肌見せられなくなるから温泉も、水着も、半袖すら着られなくなる。
変化するときには服を着てようが、バリバリ浮かび上がるけどそれだけで済むなら私はいいかなって感じ。
「そうだね。流石に日常的にはちょっとね。オシャレの範疇に収まりそうもないもんね」
どうやら直緒も同じ意見らしい。
素肌を見せ合うのもそこそこに、私たちは着替える。私は直緒から借りた服だけど。
着替え終わり、さあメイク。私は直緒の家の洗面所を借りて、直緒は自室のドレッサーでメイク。かと思ったら、直緒が洗面所に押しかけてくる。
「どうしたの?」
「友ちゃんのメイクするとこ見たいなぁ、なんて」
「いいけど、面白くもなんともないと思うわよ」
「いいよ」
そしてメイクを始める前だってのに、食い入るように見つめてくる。人に見られながらメイクしたことないから、なんだかやりづらいというか、無駄に緊張する。
まあ、普段通り男にウケそうなメイクをささっとしていく。その途中、横から直緒が話しかけてくる。
「でも不思議だよね。メイクする前としてる後だと友ちゃん別人みたい」
「厚化粧っぽい?」
私のその言葉に、あたふたしながら直緒は弁解する。
「いや、そうじゃなくって! 厚化粧って言いたいんじゃなくて、印象が全然違うなって」
「化粧ってそういうもんでしょ。で?」
「ん?」
私の悪戯心にちょっと火が付いて、朝のお返しをしてやろうと思い、こう聞いてみる。
「別人みたいって言うならさ、どっちの私が好き?」
「もちろん──」
直緒が答える前に釘をさす。
「どっちもはなし」
「えー、意地悪」
意地悪してるからね。
「さあ、どっち?」
悩みながらも、直緒は答える。
「うーん、する前かな」
やっぱりそうなるよね。私のメイクは完全に男に向けてるから、同性ウケ悪いのは知ってる。だとすれば、答えは明白。
「男に媚びてる感が嫌って感じ?」
確認的にそう聞いてみたけど、直緒の返答は想像からズレていた。
「いや、そうじゃなくて。なんて言うんだろう、友ちゃん本来の美しさが出てると言うか、飾らなくても溢れ出る清楚な感じが、私は好きだなって思って」
飾らなくても溢れ出る清楚な感じ? そんなこと、考えたこともなかった。というか清楚なんて言われたのはいつ振りだろうか。もっと言えば、初めて言われたかもしれない。
そう言われて、思考も、化粧する手も止まり、ただただ鏡を見つめる。
目の前の鏡に映るのは完成度二割の顔。普段の顔とは程遠い私。それと自然体の直緒。
私はこの顔を清楚だ、なんて思わない。そこにあるのは生きてきた過程で心が穢れ、その穢れがにじみ出てる者の顔。隣と直緒と比べれば尚更それが際立つ。
ただ、こんな顔になってしまったのは仕方のないこと。それが私の望んだ道。
そして私の意識は鏡の中から戻ってくる。私は二割の完成度を、さっさと十割にする。その間も、直緒は感心しながら私の化粧を見ていた。何もせず。
そんなとき、ちょうど洗面台に置いてあった時計が目に入る。もうこんな時間。いくら直緒の家が大学に近いっていっても、そろそろ出ないとまずいような気がした。だから、家主に聞いてみる。
「ねぇ、そろそろ大学行かないとマズくない?」
「あっ、本当だ。じゃあ行こっか」
「直緒、メイク!」
危うくすっぴんで大学に行こうとする直緒を慌てて止める。
「あっ! やっば! 忘れてた!! しかも化粧道具ドレッサーの前だ!」
「何やってんのよ!」
慌ててる中で部屋まで戻ってバタバタとメイクしたら、直緒のことだから多分何かしら事故る。だから、私がしてあげた方が時短になるし、大きな問題も起こらないだろう。
「直緒! 私がメイクしてあげるから、じっとしてて」
「本当!? ありがとう!」
そうして私は直緒の顔をメイクし始める。鏡を見ながらやるよりかは相手にやる方が楽だな、なんて思いながら普段から手慣れたメイクを直緒に施す。
「友ちゃん今何分?」
目を瞑りながら聞いてくる。
「三十五分」
「うわ、だいぶギリギリ。終わったらすぐ行こう」
そう言ってる間に、メイクし終える。
「終わったよ」
「よし行こう!」
「顔、見なくていいの⁈」
「時間ないから!」
そう言いながら直緒は鏡を見ずに洗面所の電気を消し、私と一緒に直緒の部屋まで行き、荷物を持ち、戸締りをして、大学へと向かう。
見た感じ、火の元も、戸締りも、忘れ物とかの問題もなく出発できた。
ただ、直緒のメイクが私のせいで普段の感じと百八十度変わり、当の本人がその姿を自分で見てない、という大問題が密かに起きていたのだった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます