第29話 本音 〜友美〜
送迎バスに揺られること数分。私たちはTセンターにたどり着き、目的の居酒屋「俺イエ」に入店する。
「すいません! 二人なんすけど平気ですか?」
「はい! ご新規二名様ご来店です!」
「いらっしゃいませ!」
私がバイトしてる居酒屋もそうだけど、ほんとどこでも一斉に挨拶するってマニュアルになってるよね。なんて考えならがら席に案内される。案内されたのは一番奥まった所の半個室の四人がけ。
「ご注文は!」
「ハイカラ放題やってます?」
「はい!」
「じゃあそれ二つ」
「お飲み物は?」
「私ハイボール」
直緒は、私はこれかなーといって飲み放題のメニューを指差す」
「じゃあ、あとハイジュース」
「はい、ハイボールとハイジュースですね!」
「とりあえず、唐揚げはプレーン二人前で」
「かしこまりました!」
そう言って、店員さんは厨房の方へと向かっていった。
私の正面に座る直緒。私を見るその視線が眩しく見えて、目を彼女から逸らしてしまいそうになる。
「いやー、楽しかった」
「そうだね」
直緒はくすみ一つない晴れやかな表情でそう言う。私にはできそうもない表情で。
「友ちゃんどうだった?」
「疲れも抜けて、肩も軽いわ」
「よかったぁ」
そんなことを話していると、店員がドリンクと、唐揚げと、お通しを持ってくる。
「それでは、ごゆっくり」
そして彼は他の仕事へと戻って行く。
「乾杯しようか?」
「うん、しよう!」
「それじゃ、今日はおつかれ」
「おつかーれ」
そう言いながら乾杯し、飲み物を飲む。
あー、最高! 温泉と岩盤浴の後の心地よい疲れに浸りながら、ハイボールを飲む。めちゃ最高。
そんな中気になったことを聞いてみる。
「おつかーれって何よ?」
直緒のいうことに、私はちょっと笑ってしまった。
「わかんない」
「ならしょうがないか」
そう言って笑い合う。
ついで唐揚げを頬張る。揚げたてで、口の中を火傷しそう。でも、カラッと揚がってて、ジワっと溢れ出す肉汁。そんな唐揚げを味わうなら火傷してもいいと思った。
しかもそれがハイボールとよく合う。どっちも止まらない。
直緒を見ると、ハフハフしながら唐揚げを頬張ってる。
「美味しいね!」
「ああ、美味しい」
そう言いながら、お互いにドリンクを飲み、唐揚げを食べる。でも私の心の中にはやっぱり引っかかりがある。そんな想いを抱えつつ、ハイボールを飲む。
少しすると、スタートダッシュの勢いも落ち着き、ひと段落つく。
そんなとき、緩んでいた表情を引き締めて直緒が切り出す。
「そうだ。あのね、友ちゃん。私、謝らなきゃいけないことがあるんだ」
直緒がこのタイミングで切り出したのは、謝罪。本来なら多分私が切り出さなきゃいけなかったこと。
「先週さ、私。友ちゃんの考えも聞かず、無理やり技の発動を止めちゃったじゃない? それでそのことを、謝ろうとおもって……さ。だからゴメン」
そう言って友美は頭を下げる。
やめてよ……直緒は頭を下げる必要なんてないんだから。
「いや、直緒は何にも悪くない。悪いのは私、だからそんなに謝らないで」
そう、悪いのは直緒のことが全く見えていなかった私。
「ほら、悪いのは私だから、そんな顔しないで。ほら飲もう」
この空気の原因を作った元凶が言うセリフじゃないのは分かってる。でも、直緒には笑顔でいて欲しかった。
でも、直緒の表情は険しいまま変わらず、大きく一呼吸おいて私に言う。
「あのね、今から私は友ちゃんに対する想いを言おうと思うんだけど、怒らないで聞いて欲しいんだ」
私への想い?
「私には友美の本心が分からない」
その言葉を最後に、少しの間この卓から音が消えた。そして、直緒の言葉で再びこの卓に音が蘇る。
「この前、友ちゃんは私に自分の思ってることを言ってもらった。だけど、その言葉から……私は友美の本心を、想いを読み取ることができなかった」
そう言われて、私はやはり自分の想いが伝わってなかったと実感する。でも、分かるわけない。だって、本心かと思ってたらそれは心の中の五合目で、本心じゃなかったんだから。ちゃんと伝えてないものが伝わるわけない。
「それにさ、守るのに力が必要だってことは、馬鹿な私でも理解できる。でもその力って自分を犠牲にしてまで、手に入れなきゃいけないものなのかな? 」
そう言われて、私は何も言い返せなかった。
「楽しいこの場を、こんなめちゃくちゃにして本当にゴメン。だけど、それでも、私は友美の想いを聞きたい」
直緒は私の瞳の奥を見据えて言い切った。直緒は本気でこのことについて聞いていているってことは、表情、態度、雰囲気の全てから読み取れた。
「私の想い」
私の小さな呟きも、本気で私の想いを理解しようとしている直緒には伝わってしまう。
「そう、友美の想い。私はさ、共に戦う仲間として、いやそれ以前に大切な親友として、友美と心から分かり合いたいと思ってる。そのためにはまず、私の想いを伝えなきゃダメだって思うの」
「どうして?」
「だって、分かり合いって言い換えれば相互理解でしょ? そのためには私が友美の想いを知るだけではダメで、友美にも私の想いを知ってもらって、何を考えてるか理解してもらないとダメだと思うんだ」
直緒の想い。
「私は、友美にもっと自分を大切にしてあげて欲しい。自分を傷つけるような戦い方をして欲しくない。裏側にある友美の考えを、想いを聞かせて欲しいの! これが私の想い」
「それが直緒の想い」
「その上で、私の想いを理解してくれるなら、友美の想いを聞かせて欲しい。友美の口から直接、言葉で」
「言葉で?」
「うん。私って馬鹿だからさ、他の人が態度とか仕草とかで理解できたり伝わったりすることも、言葉にしてもらわないと分からないんだよね。だから、言葉で言って欲しい」
言葉で伝える。確かに、直緒の想いは今、言葉によって私に伝えられた。それによって私は直緒の想いを、推察の余地を挟むことなく、言葉通りに正確に理解した。
私はプリエイドの主人公たちのような、言葉を交わさなくても以心伝心ができればいいななんて望んだ。だけどそれは彼女たちだからできてるんだ。彼女たちの間にある家族以上の信頼関係と、彼女たちが持っている絆の力。それが以心伝心を為し得てる。
でも彼女たちと異なり、私たちは想いを形にして伝えなければ伝わらない。その為の文字であり言葉。だから、私は自分の想いを言葉にして直緒に伝えなければいけない。
そう思って、私はさっきたどり着いた、自分の想いと思しきものを言葉にして伝えようとした。伝えなきゃいけなかった。
──だけど、私の口はそれを拒んだ。
私の想いは私の中で言葉になって、それを言おうと思ってはいるのだけれど、口が発するのを拒んだ。伝えようとすると、言葉が喉元で詰まって出てこない。
「……ごめん。私の想い、伝えられそうにない」
「どうして?」
だって、私の想いは言葉にすると重過ぎる。こんな重い言葉、私の想い、そのまま伝えようものなら、直緒に理解してもらえないかもしれない。そうなったら、直緒にどう思われてしまうか分らない。もしかしたら軽蔑されたり、引かれたり、気持ち悪がられたりするかもしれないし、直緒に嫌われるかもしれない。
その重い言葉をいい感じに包むいい感じのオブラートや、私言葉の印象を軽くするための表情が見つからない。だから、私の想いは喉元に詰まったまま。
「どうやって、こんな想いを伝えたらいいのか。ふさわしい言葉が……見つからないの」
それを聞いて、直緒は諭すような優しい表情で私に語りかける。
「なら、そんな言葉見つけなくていいよ。友美の思ってる想いを、そのままの言葉で聞かせて欲しい」
「そのままの言葉?」
でも、そんなことしたら、どう思われるか分かんない。
「だって、私はありのままの友美の想いを知りたいから」
直緒はそう言ってくれる。だけど、だけど!
「でも、もしそれが、直緒のことを傷つけちゃうような言葉だとしたら?」
「私はそれならそれで構わない。友美の本当の想いを知りたいんだもん。だから、友美が本心から言ってくれるなら、私はどんな言葉でも受け止める」
どんな言葉でも受け入れるって、直緒は言ってくれる。真剣に、多分嘘偽りなく。なら、私の想いも理解してくれるかもしれない。
よし、今なら言えるかもしれない。さあ、早く言おう。言ってしまおう。
でも私の思いとは裏腹に、言おう、言おうと思うたび心臓が高鳴る。自分の想いを言おうと思うと、口が石のように固まってキチンと開かない。言おうと思って声を出そうとすると、息が喉で詰まってその先へと出て行かない。
「ごめん。やっぱり、私の想い伝えられそうにない」
その瞬間、私の心臓は静まり、口は滑らかに動き、喉はよく通るようになる。
「直緒はどんな言葉でも受け入れるって言ってくれて、すごく嬉しい。それを信用してないってことでないってことでは、決してないってことはわかって欲しい」
「うん」
私の言葉を、直緒は一言一句逃さないように真剣に聞いている。
「でも、私は、今の自分の想いを伝える勇気がない。これは直緒の私と分かり合いたいっていう想いを踏みにじることになる。だけも私には、一歩を踏み出す勇気が……ないの」
直緒は私の言葉をキチンと受け止めてくれるって分かるんだけど、私はプリエイドを観てると伝えたときの周囲の反応や、勉強してる姿を見られたときの周囲の反応が脳裏に浮かび、自分の想いを伝えられそうになかった。
直緒はそんな連中とは違うって分かってるのに、過去の経験がそれを許さなかった。
そんな自分に情けなくなり、直緒に申し訳なくなり、私は下を向く。すると突如、肩があったかくなる。
見ると、それは直緒の手のひらだった。
私の肩に手を当てたまま、直緒はニコッと微笑みながら言う。
「分かった、それでいいよ。ありがとう。友美」
私は感謝の意味が分からなかった。これは直緒の望む答えではないはずなのに。
「どうして?」
「友美が自分の気持ちを伝えようとしてくれてるのは、充分伝わったよ」
「でも、想いは伝えられてないんだよ?」
「勇気が出ないでもって相手に、それでもやれっていうのはただの強要になっちゃうでしょ? そんなときに無理やり言わせた想いって、やっぱり本当の想いからずれちゃう。だから、勇気が出たら、そのとき言ってくれればそれでいいよ」
「でも──」
言い返そうとした私の言葉を遮って、直緒は言う。
「自分の想いを貫くことも大事だけど、相手の想いを尊重することも大事。だって、
想いと想いってぶつかるものだから。大切なのはその二つを尊重し合い、いいところで折り合いをつけることだからさ。私は今の友美の、今は伝えられそうにないって想いを尊重する」
「でもそれじゃやっぱり、直緒の想いには応えられてない」
「いいんだって、友美には伝えるべき、自分の心からの想いがあって、それを伝えたいって言う想いもある。今は伝えられないってだけで、絶対に伝えてくれないってわけじゃないから」
「直緒……」
「ただ、今言えない代わりと言ってはなんだけど、もし思い悩んだときは、友美が持っている心からの想い。それをないがしろにせず尊重してあげて、その想いに背かず素直に行動するって約束してくれる?」
「その行動が直緒の想いとぶつかることになっても?」
「それが友美の心からの想いなら出た行動なら、私は構わない」
そう言って、直緒は小指を差し出す。ってことは指切り? でも、指切りは約束するときするもんだから不思議じゃないか。
「うん。分かった、ありがとう。直緒」
そう言って私たちは指切りをする。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った!」
指切りをし終わると、直緒は自分のドリンクをぐいっと飲み干す。そして、唐揚げを追加でオーダーしちょっと待って、新しい唐揚げが来て、唐突にこんなことを言い出す。
「じゃあ、まずはお互いに理解を深めるために、この唐揚げについて理解し合おう!」
「へ?」
直緒の今言った言葉の意味が頭からお尻まで分らない。そんな私の様子を見て、直緒は得意げに語り出す。
「同じ釜の飯を食べるって言うでしょ? だからここは、同じ唐揚げを二つに割って食べさせ合いっこするの」
「なんでよ!」
「ほら遠慮しない、勇気勇気!」
同じ釜の飯ってことなら、同じ皿の唐揚げを食べるんじゃないの⁈ 正直よく分からなくなったけど、アーン、と言いながら唐揚げをこっちに差し出してくる直緒を見てると、食べなきゃって気がしてくる。だから、そのままアーンしてもらう。
「これでいいでしょ?」
「どお? おいしいー?」
「……うん」
「ほら、次友ちゃんの番」
私もやるの?! 直緒は餌を求める雛のように、上目遣いで口を開いて待機してる。そんな可愛い顔見たら、お返ししないわけにいかなあじゃんか!
私は直緒の口に唐揚げを放り込む。
「おいしい?」
「うん! さっきよりおいしい!」
なんか酔ってる? 物は同じなんだから、味が変わるわけないじゃない。
「グラス空いてるねぇ! 何飲む?」
私のグラスが空いてるって、細かいところに気づく洞察力はあるからやっぱりシラフ? まあ、なんか頼もうか。
「ハイボールはちょっと休憩かな。へぇ、グァバジュースなんてあるのね、面白そう」
「すいません! グァバジュース一つとストロー二本」
待て待て。面白そうとは言ったけど、頼むなんて言ってない。しかもなんでストロー二本?
「どうしてストロー二本も頼んだの?」
「そりゃ、同じ盃の水を──」
この先言うことは分かったから、慌てて遮る。
「そんな言葉ない!」
「いーから、いーから」
そうして、グァバジュース一つとストロー二本が届けられ、どうしてかはあんまり覚えてないけど、私たちは本当に一つの盃のジュースを一緒に飲んだ。
そして、そのあとも私たちはドリンクをいっぱい飲み、唐揚げをいっぱい食べた。
二人でのサシの夕食は、それはそれは楽しいものだった。だけど、めちゃくちゃ楽しかったのは覚えてるけど、ジュースをシェアした以降の記憶がほとんどない。
唯一覚えてるのは、どっちがエロく唐揚げを食べれるか選手権を直緒とやって、結局引き分けたっていうよく分からない記憶だけだった。
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