いざ広東へ
フェイロンとシャオタオは漢族の民族衣装を身につけている。
今日は二人の結婚式。シャオタオの近場の親族を呼んでしめやかに式が執り行われている。
おやじさんは今日は式の方に出ている。厨房を仕切っているのはおやじさんの飲み友達の料理人。朝から大忙しだ。
「では、二人のよき門出を祝い乾杯といきましょう。カンパーイ!」
フェイロンもシャオタオも大きめの盃になみなみと注がれた祝いの酒を交杯して飲んだ。目がとろんとするシャオタオ。雰囲気にもう酔っているのだ。
盛大に爆竹が鳴るなか、二人は各テーブルをまわり、祝いの酒を受けている。新郎を飲み潰させるのが漢族流。しかしフェイロンは酒にも強い。多少酔ったものの足元がふらつくほどではない。
踊りの時間になった。琴の音色にあわせ、ハオユーとウンランも前に出る。踊りの師匠の動きに合わせながら踊りを踊る二人。フェイロンも楽しくなりシャオタオを連れて踊りの輪に加わる。こうして喧騒の夜はふけていった。
翌朝……
「おはようシャオタオ」
となりのベッドからフェイロンの挨拶が。
「おはよう……」
昨日の情事を思いだしもじもじするシャオタオ。
フェイロンはそんなシャオタオが可愛くて、またシャオタオのベッドに入り添い寝する。
「広東は広いぞー。なんでも石油ってやつで走る車が有るとか。こんな田舎とは大違いだ。服も買おう、食器も新しいものを買おう。これから俺達の新生活が始まるんだ」
二人はこれから向かう未来に思いを馳せる。
四人は汽車に乗っていた。ここでも差別がある。前列には日本人が座り、中国人は後列の貨物車にしか乗れないのだ。
目の前にはうず高く積まれた小麦の袋がある。
「なーに一時のことさ」
と笑い飛ばすフェイロン。
「ところでなんと呼べばいいのかな」
ハオユーが二人を見ながら訊く。
「私?そうねぇ、学校に行ってた時にはタオって呼ばれてたからそう呼んでちょうだい。シャオタオ (小桃)って子どもじみているでしょう。だからあまり好きじゃないの」
「分かったタオだね。いえね、考えてみるとタオとちゃんと話すのはこれが初めてだからね」
それを見てウンランが口を出す。
「俺っちはなんと呼べばいいん……」
「お前はタオ姉さんだろう。免許皆伝したらタオでいい」
「そんなぁ、俺も一応年上ですよ」
「わーはっはっは」
馬鹿話を続ける四人。そこに一人の憲兵が近づいてきた。
カツーン、カツーン……
軍靴の足音がする。一連の暴動を受けて今日本軍は犯人逮捕に血眼になっているのだ。
顔をふさいでやり過ごすフェイロン達。すると四人の前でピタリと止まった。
高まる緊張、鳴り響く鼓動。
「行き先は河南か」
聞き覚えのある低い声。フェイロンは憲兵の方を向く。そこには紛れもなく死んだ筈の与儀の姿があった。
「生きてた……のか…」
与儀がにやりとして答える。
「腹を突いたくらいで人間そう簡単に死ぬはずないだろう。急所も外しておいたしな」
「胸を突かれてもうダメだと……」
「あんななまくら刀で俺の大胸筋は貫けない」
「は…はは……」
「ふふふ」
「わーっはっはっはっ」
五人揃って大笑いをする。フェイロンは胸のつかえが取れた気分だ。
ひとしきり笑った後与儀が言う。
「俺はあの騒動の後、実は軍人に向いてないんじゃないかと思うようになった。軍を除隊し、故郷の琉球に帰り、畑でも耕しながら道場を開こうかなと真剣に考え始めている。軍に入ってからはいろんな事があった。それも遠い記憶になり始めている」
フェイロンの顔がパーッと輝く。
「そりゃいいな! そうすれば俺が育てた弟子とお前の弟子、勝負させようぜ!」
「それはいいな。今度会ったらな」
ボーッ!
汽笛の音が響き汽車がゆっくり動き始める。
「いつか必ず中国と日本は仲良くなる。その時まで勝負はお預けだ!」
汽車が走り出した。フェイロンは顔を出して与儀を見つめる。
与儀は拳を高々と天空に突き上げた。
終劇
天涯の拳 村岡真介 @gacelous
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