愛すべき男達



 宿に帰るとジィとハオユーとウンランがもうすでに酒盛りをしている。

「もうやってんのか」

 フェイロンがニコニコしながら肉団子を食べると

「遅いよー」

 とハオユー。


「まあ、いいじゃねぇか。ダーフーのほうも今日から対練に入ったんだ。指導の方もつい熱が入っちまってな、気づいたらもう真っ暗だったんだ。俺も後で合流するから待っといてくれ」

 フェイロンはたんたんたんと階段を上がり、ズボンを脱ぎ風呂場に直行する。


 部屋に帰ると突然の睡魔が襲いベッドにへたりこむ。これまでの疲れが一気に出たのだろう、十分ほどそうしているとウンランが呼びに来た。


「兄貴……」

 フェイロンはハッと気づき、大切な客人の事を思いだし無理やり起き出す。

「寝てたのか……ダーフーと闘っているとこちらも全力を出さないといけない。少し疲れが出たようだ」

 おぼつかない足どりで下へ降りていく。


「今晩はジィ老師」

「今晩は、ホアン先生」

 ジィは飲んでも穏やかで、闘っていた時の形相はどこかへ行き物腰も柔らかだ。フェイロンは笑みを返しながら拱手の礼をし、丸鶏の手羽先に食らいつく。

「馬でやって来るとは珍しい。やはり歩くより早いのかい」

「いや、同じくらいですよ。しかし騎馬式の鍛練になります。普段使わない内腿が鍛えられるんです」

「なるほど、理にかなっているな。確かに内腿は鍛えにくい」


「それよりも……」

 ジィは酒をぐいっと飲み干す。

「手勢が二十人まで減ったのがお恥ずかしい。四十人も武術をやめたのが原因です。ひき止める事ができなかった私の力不足です」

「なーに構いやしねーよ。そいつらは肉親を殺されたりしたかった者たちだったんだろうよ。むしろ喜んでやらなくちゃ。なあハオユー」

「そうだな。命をかけてまで義憤にかられる必要はどこにもない。ジィ老師、あなたのせいではないですよ」


「義と利がなければ人は動かない。逆に言えば義と利があれば人は必ず動く。リーとジァンもウンラン、お前の準師範代の座を虎視眈々と狙っているかもしんねーぜ」

「や、やめて下さいよ。人が悪いったらなぁ兄貴も」

「わっははははは!」

 フェイロンが笑うとみんなが笑う。涼やかな男とジィは思った。


「ところで今は望都鎮に本拠地があるとか。馬で二日の距離ですね」

 ハオユーの問いかけに、

「所々で駆けさせました。あれも普段の運動不足の解消になって心地よいでしょう」

「蟷螂拳ていうのはあれかい、あの蟷螂手で経穴をつくのが、主な攻撃方法かい?」

「経穴も突きますが、主に防御に使います。そして攻撃は拳を用いる事が多い。発勁動作及び攻撃は大変迅猛で、周家蟷螂拳が猛々しいと言われる所以です。少しやってみましょうか」

 フェイロンが嬉々として相手をする。


「まずは左拳で中段を突いてみて下さい」

 フェイロンがいう通りにすると蟷螂手を回し外側から受けてそのまま拳に変えて脇の下を突く。フェイロンは、思わず「う!」っとなる。拳一つ分の距離からこの威力の攻撃だ。「短勁」という。


 皆が順番に受けてみる。「う!」っとなり後ろに下がる。


 店にいた客たちもなんだなんだと見物にくる。興がのったところでフェイロンが切り出す。


「よーし、客もいることだし、いっちょ大演武会と行こうじゃねーか!テーブルを端に寄せろ」

 フェイロンが野菜の鍋を持ち、ハオユーとウンランが、テーブルをどける。結構な空間ができた。


「まずは俺だ。龍形拳をやる。普段はゆっくりやるところを通常の速度でやってやろう」

 フェイロンは拳を唸らせ素早く体重移動をし、龍形拳の套路を終えた。酒場の皆から拍手が起きる。


「次はハオユーだ」

「よっしゃ」


 すでにかなり飲んでいると見えて足元がおぼつかない。ハオユーは場の真ん中に立つと呼吸法を念入りにし、鶴手を両手いっぱいにひろげ、片足立ちになる。しかしやはりと言うべきか、とっとっとと重心を崩しうしろの屏風に倒れ混む。

「いいぞー!」

「頑張ってー!」

 客のやじもものともせずに套路を踏んでいく。套路に入ってからは円の動きを多用し、流麗な技を披露する。客からはより一層の拍手が沸き上がった。


「次、ウンラン!」


 ウンランは拱手の礼をすると、物凄い速度で拳を繰り出していく。まるで早送りのような動きに皆圧倒されている。豹形拳である。あっという間に終わってしまったが、また拱手の礼に戻るとこの日一番の拍手喝采であった。


「では私も『三歩擶』と言う套路を」

 ジィが前にでる。フェイロンの頭の中ではカマキリの真似をするだけの拳法という頭しかない。しかし実物を見て驚いた。素早い動きから繰り出される拳の嵐。強いていえば西洋で幅をきかせているボクシングと言うものに近いのだ。客からも「おー!」と言う嘆息がもれる。この意外性には目を見張るものがある。


 フェイロンは一門の師範という立場から本屋に頼んで、一度西洋拳闘の研究をしたことがある。しかしストレートにフックとアッパー三つの攻撃方法しかないのに驚き、深く研究するのをやめた。しかし実際にそれに似た套路をみると、並々ならぬ興味が湧いてきた。


 ふと思い出す。この拳法によく似た闘い方をする奴がいることを。そう、ダーフーである。一度ダーフーに空手の套路を見せて貰おうと思った。


 ジィの套路が終わった。これまた拍手喝采である。

「んー珍しい演武だったのでジィ老師の勝ち!」


 拍手のなか、演武会は幕を閉じた。


 テーブルを元に戻すと、武術談義に花を咲かせる男達であった。

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