第7話

「なぁリゼよ、お前は加減と言うものを知った方が良い。なぜか分かるか?」

「相手に屈辱を与えて勝つ為ですか?」

「うん、その理由もあるが他にもある。俺の腕が取れそうになった事だ」


 俺達はあの場から逃げ出す事に成功した。かなりギリギリだったが、増援があの倒された兵士に気を取られているのも功を奏し無事生還した。

 そして俺達は今、リゼが借りている宿の一室にいる。二台あるベッドにそれぞれ腰を掛け、しばしの休息を取りながら話をしていた。

 宿は木造三階建て、少し年季の入ってるので少し廊下がギシギシと音を立てている場所もあった。そしてここは三階の一室、崩落しない事を願うばかりである。


「別にそこまで力は入れてませんでしたよ? 大げさ過ぎます、それに逃げれたから良かったじゃないですか。それに腕も抜けてませんし」

「結果だけ見ればそうだが……、間違いなく力をセーブする事は覚えた方が良い。今後の生活の為にもだ」


 俺は部屋に入るとすぐに痛む腕の話をした。結果だけを見ればリゼの言う通り良かったのかも知れない。

 だが大事なのは過程だ。俺の足が縺れていても気にせずに路地を引っ張られる。腕もそうだが足も危険だった。 

 体力の無さも原因だったがそこは置いておこう。


「で、つい思わず腕の話を先にしてしまったが他に重要な質問があるのだが……、しばらく一方的にこっちから聞くが問題ないか?」

「えぇ良いですよ。ただし、ちゃんと私にも質問する時間は下さいね」


  それなら別に問題はない。質問するとなると、かなりの量がある。情勢だとか仕組みだとか色々あるが、今真っ先に聞かねばならない事はやはりこれだろう。


「リゼよ、お前は何で俺を助けたりしたんだ?」


 一番の疑問点、俺は確かにリゼのおかげ助かっている。だが俺には助けられる理由がないのだ。

 当然こちらの世界に知り合いなどいないし、顔すら知られていない。別に顔が良い訳でも無いので、助けるメリットが見当たらない。

 それも兵士を攻撃するって事は、日本で言う警察に暴力を振るうのと同じに違いない。そんなの公務執行妨害で即お縄だ。

 そんな前科を背負ってまで俺に手を貸した、その真意を俺は知りたい。

 この質問をするとリゼは納得した様に「あぁそれですか」と呟く。そして考える様子も無く、すぐにこの質問について答えた。



「面白そうだったので、つい」





 ………………ん、今なんて? 聞き間違いだよな、そんな理由で犯罪など犯せる訳がない。

 そうだ俺は疲れているんだ、そりゃこっちに来てまだ数時間しか経っていない。むしろ数時間でかなり馴染んでいる……、いや馴染んではいないがそれなりに行動している。

 だがそんな事もあるから軽い難聴になっているんだ、突発性難聴ってヤツだ。こんな体験すれば誰でも疲れてこんな症状も出るはずだ。

 よし大体分かった、今度は聞き逃さない様にしっかりと聞こうじゃないか。


「リゼよ、お前は何で俺を助けたりしたんだ?」

「だから面白そうだったので、つい」

「馬鹿かお前は」

  

 俺は思わず頭を抱えた。

 何だって面白そうだから? こいつ人生舐めてんのか。

 俺も思い付きで異世界転移を選んだが、こいつの場合そんな柔な問題じゃあない。犯罪についての話だ。

 一体この世界の法律がどうなっているかなどは知らないが、例え相手が兵士で無くとも人を殴ればそれは罪だろう。

 何て事だ、もっとまともな理由があるならまだしも『面白そうだから』だと?

 俺は呆れてリゼを睨むと、そんな者はどこ吹く風、楽しそうにケラケラ笑っている。

 まるで自分がした行いが、何でもないような事であると言わんばかりに。


「なぁお前、理解しているのか? まだ俺には弁解の余地があるかも知れないが、お前に関しては百アウトだ。それを理解した上で俺を助けたのか?」

「はい? ……あっ、もしかして私に前科が付くことを心配してくれているのですか? ありがとうございます。でも安心して下さい、私にはすでに犯罪歴がございますので」


 その言葉を聞いて納得した。もうすでに犯罪歴があるのなら、今更新しい犯罪が加わっても特に支障はない――


「――訳はないよな! ちょっと待て、リゼお前何をしでかして来たんだ!?」

「何と言いますと……、まぁ殺人や窃盗。後は不法侵入が主ですかね。他にもあるかもですが、分かるのはこの程度です」

「うんそうか。助けて貰って何だがお前ヤバいよ、それとちょっと一ヶ月程度この部屋から出てくれ」


 とんでもない犯罪歴をサラリと言ってのける辺り、マジで何ともないと思っていやがる。

 えっ、不味くないかこの状況? 俺は今サイコパス女と同じ部屋にいるって事になるんじゃないのか。

 いやいや待て待て、一体どこのホラー映画だ。これから虐殺パーティーでも始まるのかよ。

 未だに俺が危機的状況である事を自覚していると、「あの……」と某頭のイカれた御方が話掛けてきた。


「えっ何? 早くこの部屋から離れてくれませんかね」

「そもそもここは私が泊まっている部屋ですよ? いえそれよりも、柳田さん。さっき『自分には弁解の余地がある』と言ってましたが、恐らく余地など全くとして無いと思いますよ」



 いやいやそれはないだろ。だって俺はまだ何もしてないよ。

 まぁちょっとチンピラに絡まれたから正当な防衛はさせて貰ったけど、それ以外にはまだ何もしていない。

 だからその事を素直にちゃんと伝えれば、例え頭の弱いあの方々でも理解は出きるだろうと、そう思っているのだが。

 どうもリゼの顔を見ているとそうでも無いように思えてきた。


「ちなみにだが……、俺が何の罪で追われてるか分かるか? 面白そうだからって事は、そこら辺の事も分かっているよな」


 俺は軽い不安も覚えながら、慎重に聞いてみた。


「私も人から聞いた話ですけど、大型の魔法を広場で発動したのですよね? だとしたら、無許可魔法行使と魔法危害未遂だけで死刑、ですかね?」


 ……なるほどね。やっぱりどこの国でも、最悪の結果は死刑になるんだ。でも最悪ならば別に大丈夫だよね。


「いえ最低で死刑ですからね」

「おい俺は何もやってないぞ! そして何も聞いていない! 俺が死刑になるなんて事はあり得ない!」

「何でって魔法を市街地で使えば最低でも無期懲役ですからね、それを人通りの多い所で大規模な物を使えば、常識で考えて死刑ですから! なので耳を塞いでも無駄です」


 おいおい、一体これはどうなっているんだ。死刑だと? 俺がこの世界に来た瞬間に死刑確定とかどうかしてるだろ。

 そりゃ日本でも街中で拳銃を撃てば捕まるだろうけど、俺のに関したらまだ情状酌量の余地はあるだろ? 無いの? マジか。


「とにかくそんな訳ですけど、柳田さんは今後どうしますか?」

「いやどうするかって言われても。どうしようも無くないか? この国の警備システムがどうなってるかは知らんが、先ずもって無理だろ」


 もしまたあの兵士どもに見つかりでもしたら確実に終わりだ。俺はそこそこの相手になら勝てるが、毎日鍛練を積んだりする努力の人間には勝てない。それは自覚している。

 つまり格闘ではどうする事も…………あっ、忘れてた。そもそも何で俺はこの世界に来れたのか、それを完璧念頭から放り投げていた。

 俺は鞄から魔導書を取り出し、軽く表紙を払う。別にそこまで汚れていた訳じゃないが、少し土埃がついていたのが気になった。

 しかしあの時に発動した原因は何だったのだろうか、まぁほとんどネックレスが原因だろうが……


「って顔近ッ! おい離れろよ、あと何で軽く息が荒くなってんの?」

「あの……それ、ちょっと触っていいですか!」


 いつの間に近づいたのか、目の前に現れたリゼはやけに興奮した様子で魔導書を眺めていた。

 さっきまでは普通のヤバい奴だと思ったが認識が甘かったか? ヤバい方のヤバい奴なのか?

 魔導書をパラパラと捲る度に感嘆の息を漏らしながら、「おー」とか「うわー」とかを度々口にしている。


「なぁリゼよ。お前はこの本の価値が分かるのか? 正直俺にはよく分からんのだが、まぁ凄い物だとは分かるけ……」

「凄い何てもんじゃないですよ! 柳田さん、一体どこでこれを手に入れたのですか!」


 本を読む為に一旦離れていたリゼだが、俺が質問すると再び顔面を近づけてきた。それと同時に軽く唾が飛んできたが一回だけなら許してやる。 


「いいですか柳田さん。今時こんな原始的な魔法陣はありませんよ! それに平面的な魔法陣なんか弱いのばっかりなのに、この魔法陣は複雑に描かれているので恐らく強力なものです! 今時なんて立体の魔法陣が主流なのに平面とは、何てアナログなんでしょう。それだけでも価値があります! しかしこんな代物を一体誰が作ったのでしょうか? この魔法陣は一切のズレを許さないはずです。なのでこれ一枚を描くのに何年かかる事か分かりますか! いいえ分かりません、何故ならあの魔法陣を人がペンで描くのは不可能です! じゃあ不可能なら、なぜここにその不可能を可能にした書物があるのか。それはこれが神器である可能性があるからです!」

「うん、なるほど。そりゃ凄いな!」


 ほとんど聞いてなかったがどうなら凄いらしい。あとリゼのヤバい奴感は、どうもサイコパスというよりもヲタク的なヤバさなのかも知れない。

 それと何か重要そうな事も言ってたが……、別に今は気にしないで良いだろう。必要になったらまた聞けば良い。


 今はそれよりも…………、



「なぁリゼ、お前はその魔導書をどうするつもりなんだ?」

「こんな貴重な物を雑に置くことなど出来ません! だから仕舞うのです」

「そうか。なら俺の鞄に仕舞ってくれ、お前のトランクに入れようとするな」


 リゼはベッドの下に置いていた自分のトランクを引っ張り出すと、その中に魔導書を入れようとしていた。

 それはもう自然に、息を吸うのと同じ様に自分のトランクへと入れようとした。


「柳田さん。何で私が犯罪を犯したか分かりますか?」

「知らん、そんなの考えたくない。そして早よ返せ」


 俺が手を伸ばして魔導書を取ろうとする。

 するとリゼは、魔導書を抱き抱える様に両手で持ち、俺から離れ、最初に座っていたベッドに戻った。


「――私が犯罪をする理由はただ一つ、この世にある神器を全て集める事です。その為なら手段は当然問いませんし、殺人だってやりました」

「……だから今さら窃盗くらい何て事もないと?」

「当然です」


 俺は天井を仰ぎ見た。なるほど、欲しい物の為なら手段は問わない、その姿勢は尊敬しても良い。

 それに俺には助けて貰った恩もある。何かしらの形で返さなければならない。ならあげても良いんじゃないか――






「――となる俺では無い! 返せこのアホ女、いくら初対面だからと言って人の物を盗む事は許さねぇ。さっさと返せこの野郎」

「アホじゃないし野郎じゃないので返しません! そしてこれは私が今持ってるので私の物です! やっぱり私の嗅覚は正しかった、こんな面白い物が手に入るなんて! 絶対に手放しませんからぁぁぁぁ!」

「良い覚悟だ、なら耐えて見せよ! 俺がくすぐるのを数分間耐えたらやろうじゃないか! えっ? もちろん耐えたらの話だがな」


 ベッドの上で丸くなり、魔導書に覆い被さる様に死守しようとするリゼの上に俺は跨がり、無防備となった横腹や脇をくすぐる。

 暴力で勝てる事など天地神明に誓ってないと断言できる。だからこうして陰湿な攻撃を繰り出すのだ。


「良いか、俺は手先だけは無駄に器用なんだ。俺の体力が切れるのが先か、お前の心が折れるのが先か、勝負しようじゃないか!」

「良いでしょう! 女には女のプライドがあります、例えどんなに弄ばれようとまさぐられようとも、絶対に耐えてみせますから!」


 お互い様大声で騒ぎながら、古い木製のベッドをギシギシ音を立たせながら暴れまわる。

 俺は魔導書を取り返す為、リゼはそれを阻止する事に夢中になるあまり、この宿がかなり年期が入っている事を忘れ押し合った。



 ちなみにだが、この時俺らがいる下の部屋に泊まっていた旅人は、後に「最近の若者って、夜になる前から凄いんだな」と仲間にポツリとこぼしたらしい。





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