閑話 紅い目の旅人

 広場の騒ぎは未だに収まってはいない。

 多くの人達は、今日この日も、いつも通りの日常を過ごし、それぞれの役目を平穏無事に過ごしていけると思っていただろう。


 ――だが正午の鐘が鳴りしばらく経った頃に事件は起きた。


 噴水の前に突如として複数の魔法陣が展開され、目映い光を辺りに解き放った。それは少しも目を開けられない程にだ。

 その光が薄れて、ようやく眩んだ目を開けれる様になった時、その魔法陣が有った場所に誰か一人が立っていたらしい。

 どこかの誰かが指指してテロリストだと叫ぶと、その立ってた奴は治安の悪い六番街に駆け込んで未だに所在が掴めてないらしい――


「――だからこうして、騎士さん達が噴水の前で色々調査してるらしいのだよ。まぁこれ位だよ、私が聞いた話はね」

 

 広場の近くで小物の露店を広げていた恰幅の良い男は、自分の髭を弄りながら、ここで起きたさっきの出来事を客に話していた。

 露店主はその客の姿をまじまじと見た。

 黒のロングコートを着て、中はブラウスとロングスカート。その服も黒を基調としており、アクセントに赤のラインが入っていた。

 そして何より目を引くのはその目だろう。

 深い紅色をしたその目は澄んでおり、一切の淀みもなく綺麗な瞳であった。

 女性なのは間違いない。だがこの格好は、街に住んでいる住民というよりも、旅人のそれに近かった。そしてそれを露店主は信じられなかった。


「お嬢ちゃん、その格好、まさか旅してるのかい?」

「えぇ、そんな所ですかね。気長に各地を巡ってますね」


 落ち着いた、当たり前かの様子で女性はそれを言うので露店主は驚いた。

 このご時世、いくら騎士団が活躍しているからと言っても、まだまだ安全ではない。男だって、街を出たら襲われる危険がある。

 一体何が目的なのか聞きたいが、本人がそれらを知った上で旅をしているのなら、他人のおじさんが聞いた所で何になる。

 それにまさか一人で旅してる訳でもあるまい、きっと別の場所に仲間も居るだろう。


「しかし災難だね、こんな事件の日に来てしまうなんて。そうだ! 今日はこの騒ぎで人も少ないし、特別安く売ってあげるよ」

「あら、本当に良いんですか? こんなに付いていて良いのでしょうか、それじゃこのネックレス下さい!」


 女性は赤色の模造石が付いたネックレスを選んだ。そして顔に手を当てて喜んでくれてるのを見て、店主はとても良い気分になった。

 ここまで喜んでくれるとは思っていなかった、それに今日は客が少ないので売り上げはかなり落ちていた。


「よし! じゃあ特別にこの指輪もサービスで持っててくれ! そんだけ喜んでくれたら気分が良いよ!」

「えっ、本当ですか! ありがとうございます!」


 二人は大きな声で笑いながら、女性は半額になった代金を渡し、店主はネックレスと指輪はを渡した。


「それじゃあな、嬢ちゃん! 体には気を付けて旅を楽しんでくれよ!」

「はい、ありがとうございました! ――とても面白い話も聞かせてくれて」


 お互いに手を振りながら笑顔で離れる中、今まで屈託のない無邪気な笑顔をしている女性の紅い瞳がギラリと輝いた事に、店主が気付く事はなかった。






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