第5話

 久しぶりに、それも急に走ったせいで息が荒くなっていたのも徐々に落ち着いてきた。

 広場みたいな場所に移動して、そしたらそこでテロリスト扱いされてしまったので本能のままにこの暗がりに逃げたが大丈夫なのだろうか? 大丈夫ではないだろう。

 俺は思わずため息を吐いた。いやこの状況なら誰でもため息吐くだろう。

 一応俺も、イレギュラーな事が起こるかもとは予想していた。郊外に出たり、真夜中に転移したりと予想はしていた。

 だがテロリスト扱いされるのは想定外にも程がある。何故だ、全く理由が分からない。だって俺まで何もして無いし。ここ来たばっかだし!

 やりきれなさに空を見上げる。太陽は頂点より少しズレた所にあった。つまり時間は十一時か十三時のどっちかだろう。

 どちらが西と東か何てのは分からない、それに今浮かんでいるのが太陽なのかも怪しい。もしかしたら北から南に移動してるのかも知れない。

 ほんの少し時間を計ろうとしただけで様々な疑問点が降ってくる。それだけスケールが大き過ぎるんだよ、異世界転移は。

 しかしこれはちゃんと移動できているよな? このレンガの壁も、電柱一つない風景も、全部夢でした何て話じゃないよな?

 不安になり壁を撫でてみると、ちゃんとザラザラとした感触が伝わってくる。もしこれで夢ならば、俺の無意識は本気を出し過ぎだと思うしか他ない。

 色々考えていく内に、だんだん整理も付いてきた。だが整理すればするほど、今俺が置かれている状況がマズイ事がヒシヒシと感じてしまう。

 まず一つは情報が無さ過ぎる。これは覚悟していた事だが、どこかで聞けばまだ何とかなったかも知れない事柄だ。

 だがもう一つの問題点、俺がテロリスト扱いされているせいで、易々人に話を聞く事が難しいものになっている。


 クソッ、何が間違ってたんだ? そもそもテロリストって何だよ。ここ異世界だろ、何でテロリストという言葉が通じてんだよ。

 あれ? それを考えればあいつら日本語を喋ってた様な……。


「そこの兄ちゃん、んなとこで何してんのかな?」


 俺が世界の深淵を覗きそうになった時、どこからともなく汚ならしいダミ声で誰かを呼ぶ声がした。

 こんな細路地に兄ちゃんなんていたか? あっ、俺は兄ちゃん何て呼ばれる見た目してるか。

 だとしたらこんなダミ声じゃなくて、もっと可愛らしい声で、お兄ちゃん、何て呼んで欲しかったな。


「おい聞いてんのかよ! そこのキレイな格好したアンタに話かけてんだよ!」


 軽く一般人なら引きそうな冗談を一人で言っていると、さっきの声とは違う、三下な雰囲気が溢れた声が聞こえてくる。

 俺はめんどくさいながらも、わざわざ声がした方へと向いてあげた。そこで立っていたのは、真ん中にデカイ太っちょ、右に猫背なスキンヘッド、左に細長いモヒカン頭。

 要するにザ・チンピラな風貌の三人組が俺に対してガンくれていたのだ。モヒカンに関しては手に小型のナイフを手にしていた。


「何で俺に話かけてんだ、アンタらは? もし人を探してるなら百パーセント人違いだ。なんせ俺はここに来たばっかだし」

「あぁん! 何ヘラヘラしてんだよガキ! 誰の許可を得てこの道を通ろうとしてんだよ。この道通るには、ここにいらっしゃるフットさんに出すもん出せや!」


 モヒカンは、真ん中に立っている男をフットと呼び、どうやらそいつに金を渡せと言ってきてる。

 太っちょだけにフットてか、笑えねぇな全く。

 しかし、まさかこっちにもこんな下らないチンピラが居るとは予想外だ。しょうもない事を飽きずよくやるよ。

 だがどうしたものか、俺には金どころかこっちの常識すらない。そんなんで出すもの出せと言われてもどうする事も…………、ッ!

 俺はまた逃げようと考えたが、それよりも有意義な案を思い付いた。考えている間はこの三人組をガン無視していたせいか、ここまでずっと黙ってたスキンヘッドの方が相変わらずの猫背で近寄ってくる。


「おい! シカトするとはいい度胸じゃんかよ。別に金じゃ無くても良いんだぜ、例えばテメェが着けてるその白いネックレスでも……!」

「いや汚い手で触ろうとすんなよ」


 スキンヘッドが俺のネックレスに手を伸ばそうとして来たので、俺は、後頭部を掴み落として、顔面に膝を入れてしまった。

 変な呻き声を短くこぼしたと思うと、そのままピクリとも動かずに俺の前で倒れてしまった。


ん? それよりも何か妙な事をこのスキンヘッド言った様に思ったのだが、気のせいか?


「なっ……、て、テメェ! 何調子こいた事やってくれてんだよ!」


 仲間一人がやられたのを見て、モヒカンはナイフを向けながら走ってくる。

 まさか俺が攻撃するとは思っていなかったのだろうか、走ってくる姿は妙にへっぴり腰だった。もしくは戦う気なんて最初から無かったのかな?


「まぁどっちでも構わないけどね」

「フグジャン!」


 ナイフを持った手をやたら伸ばしていたので簡単にその手を弾くと、そのまま向かってくる勢いを利用して、壁に顔面を叩きつける。

 一回やったら十分かと思ったが、まだ動こうとしてくる。抵抗されたら厄介だ、俺は念の為にも五、六回壁にその顔面を叩きつけ直した。

 ピクピクと痙攣けいれんしたかと思うと、力なくナイフを取りこぼし、壁に顔を擦り付けながら地面に座った。

 ふむ、久しぶりの運動で体力が無くなってたのは思い知ったが反射神経は相変わらず健在の様だ。高校入ってから何もしなかったから鈍ってたと思ったぞ。

 しばらくは動かないと確信した俺は、取り巻き二人がやらた事で腰を抜かしている……、プッチョだけ? それにゆっくりと近づいた。

 立つ事が出来ないでいるのか、座ったままでいるプッチョを、俺は優しいので目線が合うように屈んで話かける。


「なぁアンタ、実は俺さっきも言ったけどここに来たばっかりなのよ。だからちょっと教えて欲しい――」

「まっ、待ってくれ。俺らは別にどこかで働いたりはしてねぇ! ただここを通った奴らから金を貰ってるだけなんだ!」

「――いや話聞けよ、別にお前ら取って食おう何て思ってないから。ただ教えて欲しい事が幾つかあるだけ何だよ」


「本当か」と、若干噛みながら俺に聞いてくる。別に本当だよ、ここで何かやってどんな得があるって話だ。

 しかし話を聞くにしても余り長居は出来まい、手短に必要な事だけ聞こう。


「まずここはどこだ。街だけでも良い、簡単に説明できるなら国ついても教えてくれ」

「そんな事も知らな……いや悪かった、すぐに話から睨むな。アテラス教国、それが国の名前で、ここはその中にある街、クラックだ! だからナイフをこっちに向けないでくれ!」


 おっと、気付かない内にさっきのモヒカンからナイフを盗ってたらしい。本当に無意識って怖いな。

 しかし教国か、前の世界で言う所のローマ帝国みたいな感じでいいのか? 教国だと言ってるからには宗教第一主義みたいな感じになってるのだろうか。

 もう少し問い詰めたいが、今はその時間がない、次の質問に行かなければ。


「次だ、ちょっと財布出して通貨を教えろ。円……は無理か、取り敢えずパン一つ買える金額で良い。教えろ」

「分かった、分かったから。だから早くナイフを下ろしてくれ、それを向けられてたら落ち着いて話せない!」


 チッ、やかましい。だがこっちとしても早くして欲しいかったので、ここは素直に下ろしてあげよう。

 プッチョはズボンから布袋を取り出し紐を解いた。急いで袋を逆さにして中身を地面に落とす。

 出てきたのは全て硬貨、形はもっと不揃いかと思っていたがかなり統一していた。造幣技術、もとい他多くの技術の水準は案外高いのかもしれない。


「この国の通貨はビタエだ。一ビタエ、あぁこの青銅の奴な、これが二十枚でパン一つ買える」

「ふーん青銅二十枚か、じゃあこの銅だったらどうなんの?」

「それでしたら二枚でパン一つだ。銀だっら一枚で五つ買える、あと俺は持ってねぇが金だと十個以上は買えたはずだ」


 えっと金が五つ以上で、銀が……何個だっけ? ややこしいな、取り敢えず青銅十枚分の価値があるのは銅だってのは覚えている。

 で銀が何枚だ。駄目だ、頭で考えてたら訳分からん事になってくる。今後も必要な事だしメモしていかないとな。

 俺が鞄からノートを出す為に後ろを向いていると、プッチョはこれが好機だと思ったのか、近くあるレンガの破片を握りしめた。


「テメェ舐めた事してくれたな! 他所者がこのフット様に喧嘩を売った事を後悔、」

「いや前口上が長過ぎるだろ」


 さっさと殴れば良いものの、なぜか大声で喚き倒している間に、俺はプッチョの側頭部を蹴り上げた。

 別に強めに蹴ったつもりは無かったが、勢い余り過ぎ、そのまま壁にぶつけてしまった。

 大丈夫? 頭蓋骨とか折れてないよね。やだよ、こんな奴のせいで犯罪歴が付くのは。

 そんな心配をしていたが、地面に崩れたプッチョが呻き声を上げたので安心した。少なくとも今は死んでいないらしい。

 俺は自分の身の安全が確保されたのでホッと息を吐いた。まぁテロリストどうこうが残ってるから、無事ではないかもだけど。


「て、テメェ……覚悟しておけよ……」

「えっ、何? 喋るんだったら相手に聞こえるように言って、会話の基本だよそんな事」


 蚊が鳴くような声で喋るのでしっかりと聞こえない。こんな様子じゃこれ以上質問しても答えれないだろう。

 他にも色々知りたい事はあったが、取り敢えず国と貨幣を知る事が出来ただけでも実りはあったかも知れない。


「俺達のバックにはよ……、きょ、教会の関係者が付いてだぜ。この街に居るってなら、絶対に……逃げられな」

「うるさい黙れ、倒れるならさっさと倒れろ。そんな深みのある事言わなくて良いから」


 ブツブツとまだ何か言ってきたので、俺は思わず顔面を踏みつけてしまった。だが向こうがさっさと気絶しないのが悪い、これに関しては俺は悪くない。

 さてと、またすぐに離れないとなここから。人の気配は無いけど見られてないよな? もし居たらすでに人を呼ばれてるかも知れない。

 俺はこの世界で大まかなレートをメモすると、素早く鞄に仕舞い背負い直した。そのまま別の場所へ離れ様とした所で一つ忘れていた事を思い出した。


「おーい、プッチョさんよ。言い忘れてたけど、このお金貰ってくからな。それと取り巻き二人からちゃんと貰うからな」


 気持ちよく眠っている所悪いから、起きない様に小声でそう言うと、バラけた硬貨を素早く拾い集め、他二人からも隠してそうな部分手早に探し抜いた。

 別に盗んでいるのじゃない、急に絡んできた迷惑料の意味合いもあるし、それにちゃんと貰うぞと言った。

 言って何も言い返さないのなら、それは承認したと受け取って構わないって話になってくる。

 まぁどちらにせよトンズラするから良いんだけどね! 来ても逃げる、来なくても逃げるから!

 しっかりとお金を、おっとビタエだっけ。それもちゃっかり受け取った事だしさっさとオサラバさせて貰いますと。

 暗くなる前には寝床を確保したい所だが、さてさてどうなる事やら。先行きが不安でしかねぇな。


――それにしても妙に引っ掛かるな。一体あのスキンヘッドの言葉の何が気になるのだろうか、分からん。

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