第2話

「これはだね魔導書だよ、人を、世界を殺す事ができる、ただの魔導書さ」


 なるほど、ただの魔導書か。これが魔導書か、なるほどね。


「素直に言おう、俺はアンタが薬をやっていると思っている」

「安心したまえ、薬はやっていない。ただ頭がおかしいだけだ」


 …………………………。


「頭が? おかしい?」

「だけ」


 …………………………。


「「クァッ、アハハハハハハハハ!」」


 俺が区切りを入れて言うと、すぐに何を言うべきかを理解した男が答えてくれたので、互いを指差しながらバカみたいに笑う。

 別段何が面白い訳でもないが、上手いこと流れが出来たから笑っている。

 この状況を端から見たら、俺ら二人が薬をやってるみたいに見られるかもとフッと思ったが、まぁ良い。


 ――それよりも、何? 魔導書だと言ったかな、このスミスさんとやらは。

 魔導書とはあれだな、ドラゴンなクエストとか終わりそうなファンタジーとかに出てくる物だと言う解釈で良いのかな? どっちもやった事ないから出てくるか知らんけど。


「えっ、それで何? 仮にそれが本物だとしたら何で俺に渡す訳よ。僕と契約して魔法少年にでもなって欲しいのか?」


 ちょっとした冗談も交えながら軽くバカにする。いやバカにした時点で俺もバカか、こんなので冗談を言っているのだからな。


「目的は……、明確には無いね。ただ君のような人がコイツを持ったら、一体どうなるのかが知りたいだけだよ」


 君の様な、ってどんな様なんだよ。

 何だ? 現実をよく観察し、社会情勢に気を配り、低燃費で暮らしているエコな今時男子である状態の事を言ってるなら正直に喜べるぜ。


「君の様なというのは、も、さえも持っていない人のことだよ」


 善意も悪意さえも持たない……ね。


「つまりアンタは俺の事を冷徹なクズ野郎に見えている訳か」

「まぁ基本的にはそうだね、冷徹とかクズの部分は少し違うが大まかには合ってるよ」


 あー、合っちゃったか。出来れば違って欲しかったと思う所はしばしあるのだが、どうも合ってたらしい。

 ってか、俺も初対面で薬やってるかと言ったが、こっちもこっちで相当な悪口を言ってる気がするぞ。まぁ俺の場合は別に良いか、その内反省はする。


 そんな事を思っている内に、話の論点がズレている事に気がついた。

 そうだよ、俺がどんな性格をしている様に見られるか何かよりも、この古びた洋書が本当は何なのかを聞く必要がある。むしろそれを先に聞け。


「その魔導書だって? 念のため聞くが本物なんて言わないだろうな。嘘は自分が気分良くなるために言うべきものだ。このまま引き延ばしてもフォロー出来なくなるぜ」

「大丈夫さ、フォローなんていらないよ。何せこれは、紛うことなき本物なんだから」


 あはは、そっか本物か。なるほど本物ね。ウンウンソウカ、ホンモノネー。

 胡散臭いさと面倒臭さに服の臭さと、とことん疑惑を込めた目で男を見つめる。何でも長すぎると飽きてくるもんだと知っていて欲しかったのだがな。


「安心したまえ、これはちゃんと本物さ。……うんそうだね、最初は君自身で体験して貰いたかったが仕方ないか」


 ブツブツと何か独り言を呟くと、近くに合った手で包み込めるほどの石ころを手に取ると同時に、俺へと渡そうとしていた洋書に目を向けずに開いた。


「良いかい? よーく見るんだ、そうすれば基本的全てを知る事が出来る。理解は出来なくてもね、事は出来るのだよ」


 やけに勿体付けた言い方なのが癪に触ったがが、この妙な行動が気になったので黙って何をするのか大人しく待ってみた。

 念のため言っておくが、あの男が拾ったのはホントにただの路傍の石であること。そしてコートの中に道具を仕込んでなどいなかった。

 何かを隠そうとすると必ず違和感が生まれる。プロの手品師なんかはそれすら隠せるかもだが、こんな至近距離での真横から見られたら無理だろう。


 ――だからこれはトリックでも何でもないのだ。全身に纏わりつく生温い空気が通り過ぎたと同時に、手に持った小石が砕け、弾け飛んだのは。

 唐突過ぎたあまり言葉を失っている。マジでか、マジなのかよ……。

 そんな様子を男は満足気に俺を眺めながら、手を叩いて土埃を払った。


「ね、本物だったろ? ちなみに今のは一番好きな魔法だから、もし良かったら使ってくれたまえ。じゃあ、はい!」

「いや、『はい!』じゃなくてさ!? 確かに今のは凄かったよ、信用せざる得ない代物だったよ。だがそれで、『じゃあ貰います』とはならないからね!」


 流れのまま、この厄介な洋書を押し付けようとしてきて慌てて止めた。たとえ貰える物は基本貰う俺でも、これを二つ返事で受け取る事はできない。

 ってか、何? 俺にこれを使ってどうしろと言うのか、救えと言うのかこの世界を。嫌だよ、自分以外の存在を幸せにするなんて。この世では俺のみが幸福でなきゃダメなんだから。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、男は立ち上がると、洋書をさっきまで座っていたブランコに置いて歩き始めた。


「これで君に何か使命を果たして欲しいって訳じゃあ無いのだよ。ただ君が、君がどの様に生きて行くのかを知りたいのだよ」


 楽しそうにニヤついた男はスッと、四本の指をこちらに向けて、一つ一つ折りながら説明した。

 

「一、『この魔導書を使い良いことをする』二、『この魔導書を使い悪いことをする』三、『このまま魔導書を置いていく、もしくはどこかに捨てる』そして、四、『これに載ってる呪文を使い、別世界へ行く』。まぁ選択肢はこんな所かな」


 未だに整理が付かない今の頭では、一方的に話が進んでいる事実に手を出す事が出来ず、俺はただただ男の話を聞いていた。


「まぁ無理してこの中から無理して決める必要は無いさ。その五『選択肢以外の手段を選ぶ』なんて事も出来るからさ」


 そこまで聞き終えると、俺はチラリと隣に置かれた洋書、もとい魔導書に目を向ける。あんな下らない理由で、これを俺に渡すと本気で言っているのか、コイツは。

 疑惑と好奇心とが入り交じり、他人に興味を久しぶりに持った。この男には色々聞きたい事がある。

 そう思い俺が口を開こうとしたが、目の前に何かが飛んできたせいでそれは言えず、俺はその飛んできた何かを思わず掴んでしまった。

 その手にはネックレスがあった。細長く加工され、濃い緑色をした半透明の石が付いていた。


「これは餞別みたいな物さ、大事に取っておおてくれ。それじゃあ行くよ、君の選択、楽しみに待っているから」

「おう…………。じゃねぇ! アンタにはまだ聞きたい事が、」


 あるんだよ、と言うおうとしたが、既にその時にはあの男は、ジョン・スミスなんて名乗った男は消え失せていた。

 まるで最初から居なかったかの様に、足跡一つとして残らず、煙の様に消えてしまっていた。


 ――何なんだよ一体。これはどんな冗談で、どういう現象だよ。


 俺は手に持ったネックレスと、置かれた魔導書を交互に見つめる。

 そして軽く息を吐き、手に持ったネックレスを雑にズボンのポケットにいれ、魔導書を拾い上げると無造作に自転車のカゴに放り投げた。


 まぁ、無駄に長い放課後の暇潰しはこれで出来たかな。

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