回路ON
第1話
燦々とした太陽が地面を照らしている訳でもなく、かたや雨が地面を鳴らしている訳でもない。
曇りかと言うとそこまで曇っている訳でもない、そんな中途半端な空の下、俺は一人、学生服のまま公園でギコギコとブランコに揺られていた。
人通りはほとんどなく、道路に面しているが車や自転車は時々現れるだけでまったく来ない。
静かと言うよりも閑散としていると言った方が適切なこの公園で、何をしているのかといえば、何もしていないと言うのが俺の答えだ。
近くにある時計に目をやると、そろそろサラリー達が再び目を腐らせながら労働に勤しみだす頃の時間を指していた。
なら学生服を着たテメェも、眠気と戦いながら授業を受けるべきなのではと思った人も多いだろうが心配はいらない。
なぜなら俺の高校は本日午前中終わりであり、つい先ほど授業の全てが終わった所だ。
――まぁだからこうして途方に暮れているのだけどな。
俺はガシガシと頭を掻くと、今ある状況を整理し始めた。
えっとまず、俺は学校が終わってすぐに教室を出て、廊下の真ん中で溜まる迷惑低能集団を掻い潜り自転車に乗った。
そして同時にこの後どうするかを考えたが、基本的に無趣味であり、人との交流を絶っている俺は特にする事もないから、取り敢えず時間もあるしとこの公園に来たんだ。
ちょっと時間を潰していれば何か思い付くかな何て思いながら揺られていたが……、全く何も思い付いていないな。
軽くため息を吐くと、俺は勢いよく立ち上がった。その立った力でブランコは少し揺れが大きくなった。
もう考えても埒が明かない、それにどうせ考えても意味がないな。そうだ、最初から気付いてただろうが。
よし帰ろう、我が家のマイホームにゴーしに行こうじゃないか。
俺は近くに停めてあった自転車へとゆっくりと足を運ぶ……、
「そこの君、ちょっと良いかな?」
……途中に背後から誰かに話しかけられた。
急に話しかけられ驚いたせいで軽く足を捻った。地味に刺さる様に痛い。ホントに痛い、慰謝料持ってこい。
頭の中で訴訟を起こしながら、なんだと後ろを振り返えると、そこには先程明らかにいなかった男が一人もう一つ隣にあったブランコに座っていた。
身長はどう見ても俺より高く二メートルはある。見た目もヨーロッパ辺りに住んでいそうな白い肌に青い目をしている
そんな巨躯を持ち、容姿にもそれなりに恵まれているのに、頬は痩せこけ、ただでさえ白いのに更に不健康な顔色をしている。
身なりもボロついたコートに、黄ばんだシャツ。言い方が悪いが、まるで中世の貧民街を彷徨いている死に損ないみたいだ。ホント失礼だとは承知してるけど、そう思ってしまう。
マジで汚ねぇコイツ。
「立ち話も何だろう、君もこっちに来て座るといいよ。別段おかしな事もないただ当たり障りのない会話がしたいだけだからね」
そんな怪しいを全身に背負った男が言っても説得力はまるで皆無だが、正直今は暇だったし、それにいざとなったら逃げるのは余裕だろうと見て、俺は素直に元いたブランコへと再び腰をかけた。
――それになぜだか興味がある、コイツには何か暇を潰せる程度の面白みがありそうだ。ほんの少しだが、そういう期待があった。
「ところで君の名前は……、っとその前に自分が名乗らないとね。私はジョン・スミスだ、ジョンとでも呼んでくれればそれでいいよ」
ジョンと名乗った男だが、恐らく嘘だろう。なら俺も正直に伝える必要もない権兵衛か与太郎だとでも名乗れば良いか。
だか……、今日は気分が乗らない。嘘は気分が良くない時に吐いたって楽しくない。それにわざわざ
「柳田だ、
俺は雑に名前を教えるとすぐに要件を言うように促した。わざわざ礼儀を重んじるとは良いとこの出かと少し気になった。
「そこまで大した話では無いのは確かだよ。要は世間話さ、君と世間話をしたかったから話掛けた。それ以上でも以下でもないさ」
……あっそ、まぁそんな所か。変なヤツには変わりないが案外平凡(?)な理由じゃないか。何か壮大な話に繋がるかと、ほんの一ミクロンは期待したんだけどな。
男はオホンと軽く咳払いをして、ゆったりとした目で俺の顔を見ると、脱力した感じで世間話を始めた。
「君は世界についてどう思っているかい?」
――世界についてどう思っているか。なるほど、なるほどね。世間話か、世間話。それがしたかった訳だったよな。
「さてはアンタ、世間話という単語を知らないでいるな」
「ハハハ知ってるよ、これは別に難しく考えなくても良いよ。私が聞いた事は、君が知っている世間話として答えて貰えばいいからね。独断と偏見に満ちた答えでいいから、ね?」
ハハ、なら余計頭おかしいだろテメェ。愛想笑いはしとくが世間話じゃないからね、それ。
世間が興味ある事を世間話と言うのだろ? なら絶対違う、世間話とはスキャンダルやゴシップの話だろ、知らんけど。
この話にどんな意図があるかは知らないが、やけに愉快そうに答えを待っている。
……ホントに自分勝手な答えでいいんだな、不快になろうが関係ないぜ? なんせ自分勝手な意見なんだからな。
俺はわざとらしく嫌みな顔を造ると、相手を小馬鹿にするかの様な笑みを浮かべて無造作に言い放つ。
「別にどうでも良い存在、それが世界だな」
さてこう言えば男はどんな反応を取るのか、そこが気になった。戸惑うか呆れるか、呆気に取られるか憤りを覚えるか。
どれにしろあまり良い反応は示さないだろう。
「ほう! どうでも良い存在なのか! どうしてそう思ったか詳しく聞かせてくれないか!」
……違った、めちゃ楽しそうにしてるこの人。
ここで俺は確信した、この男ヤバい奴だと(そんなの急に話し掛けて来た時点で分かるだろとは言わせない)。
だがこうも楽しそうにされると気分は良い、俺も少し調子付いたので、割りと意気揚々と話した。
話すと言っても難しい事でもない、世界をどう見てるかの話だからな。
例え話だが、もし俺が一人で何かを訴えたしよう。人権でも環境でも何だって良い。
だがそれをまともに聞く人はどれだけ居る? 同じ事を訴えてる人達が聞いてくれる?
いや違うだろう。もし話掛けたとしたら、それは自分の意見をより有利に進める為の打算か、逆に自信が無いから集まろうとする心理的なものだろう。
この世の中、ほとんどの人間は世界と繋がっていると思っているだろう。ネットワークが発達したからか、友達百人いるからか。
しかし世界に繋がるとはそういう話ではない。世界はそんなちっぽけではない。
もし仮に世界と繋がっているとしたならば、なぜ顔色を伺う? なぜ目上の者に媚びへつらう?
世界と繋がってる人間がなぜそんな小さい物に拘らなければならない。世界と繋がっているのなら、そんな事を気にする必要はないのだ。
つまり逆説的に言うと、何か小さい物に拘っている限り世界とは繋がる事はできない。無論、俺自身も。
世界についてとは、立派なスーツを着こなし、艶々した髭を生やした人達が円卓を囲んでするものだ。一介の庶民である俺とは別世界の話だ。
だからどうでもいい、考える必要もない、それが世界。
俺がどうこうもしなくても、勝手に時間と歴史は進んで行く。ならそれに逆らわず生きるのが建設的だろう。
と、偏見と自意識が混じりあった意見を一通り話終えると俺の心は満足している事に気付いた。
久しぶりに会話が出来たからだろうか、人間と話せたからか、理由は分からない。
「で? これで俺の身勝手な持論は言い終えたけど、それでどうかするのか? まさか話すだけ話さしてそれで終わりじゃ無いだろうな?」
わざとらしく煽って見ても明るい表情が変わる事はない。ホントに妙な男だが、見ている分には面白く思えてきた。
「――ありがとう、これで確信出来たよ。君に預けるよ」
何か満足気に納得した様子で、男はコートの内側から古びた洋書を取り出し俺へと差し出した。
「あー、これは何んなんだ? ジョン・スミスさんよ」
当然の疑問を投げ掛けると彼は笑った。
いや、笑っていたのは今までずっとそうだったが、何か違う。これまでの無邪気な笑いではない。
穏やかで、そして腹の底で化物を飼ってるヤツが見せる顔だ。
俺は毎日それを嫌と言うほど見ているからよく分かった。
「これはだね魔導書だよ、人を、世界を殺す事ができる、ただの魔導書さ」
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