クズの聖戦(改稿版)
坂口航
グッバイワールド
ある男の戯れ言
どっかの画家が言った、『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか』。この事について本気で考えた事のある人間はどれだけいるだろう?
一億? 百万? いいやもっと下だ。きっと万にも値しなければ、両手で数える事ができる程度しかいないだろう。
そりゃそうだ、実生活においてこんなの別に考える必要性がないからな。考えなくたって生きてはいける。
むしろこんな事を考えてる人間は頭がおかしいだろう。何がどこから来たかだ、今こうして生きているのだからそれでいいじゃないかと。
――だが、果たしてそうだろうか。
今の自分がいるから、そう言うがまず自分とは何なのか。無限の時間においての自分なんてちっぽけな物じゃないか、そうだろ?
別に考えたから偉いとか偉くないとかじゃねぇ。それを言えば世の中偉い人間なんて誰一人いないじゃないか。
所詮名ばかり、肩書きのみ。世の中にある権威は全て人間様が後付けで造ったものばかりだ。
しかしその権威なきものがでしゃばれば必ず叩かれる。
夏目漱石だって言っている『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい』って。要は明治の頃から何も変わってないということだ。
だから権威なんてものに希望はない。あるとするなら最初に俺が言ったあの言葉だ。
むしろこんな言葉が残ってたから、俺は今将来に対して明確とした諦めがあったとしてもダラダラと生き延びていられるのだ。
……まぁ、何が言いたいのかと言うと。世の中別に大事でもなければ高尚でもない。膿んで這っての生き地獄。
そんな世界でどう楽に生きるか、そんなの簡単な話だろ。
全てを諦め、ただ呆然とベラボーに歩く愚者になれば良いだけだ。人間諦めが肝心、生きる事にも死ぬ事にも絶望しとけばオッケーだ。
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