遅延

あじその

Delay

 うだつの上がらない毎日を過ごしていると、不意に昔のことを思い出すことがあるんだよ。

 あのときこうすれば良かったんじゃないのかとか、そんな今更もうどうしようもないことばかりね。


 仮にだよ?


 仮に物語が始まって僕はその主人公で、都合よく過去をやり直せたとしてもだ、多分僕は何もできないで今と同じ選択をすると思うんだよ。

 いくら自分にだって二十数年間一緒にいるやつのことくらいはよくわかる。

 それ以外のことはあんまりわかんないけど。興味もないしね。


 それでも僕は過去の情景に焦がれてしまう。それはもう仕方のないことだ! と開き直ってやる。

 だって本物と見分けがつかないほどに自分の中で大切に育てた青春の模造品だよ?

 んなもん死ぬほど愛おしいよ。親が我が子に抱く情愛にも似てるんじゃないかな? 

 まぁよく知らないんだけどさ。


 そんなわけで少し昔の話を書こうと思う。


 僕自身が感情的になりたいだけだし多少、いやかなり脚色されてると思うけどさ、笑わずにいてくれたら嬉しい。

 まぁ大笑いしてくれてもいいしなんなら読まなくたっていいんだけどね。


 これは僕が自分の過去に慰めを求めてるだけのことなんだから。

 実に気持ちがいいよ。みんなもやってみるといい。


 十六くらいのころなんだけど、僕は文学部に所属していたんだよ。


 そういう部活にいるやつは大抵、二パターンに分かれていてさ、すげー本が好きでなんか難しそうのばっかり読んでるやつと、とりあえず本に顔を埋めて孤独をごまかしてるやつ。

 飲み会とかでタバコを吸って神妙な面してるような人のことだね。言わんでもわかると思うんだけど僕は圧倒的に後者だった。


 短編集とかは好きだったんだけどね。足が早すぎて投函日の数日前に手紙を届けてしまう郵便屋さんの話とかそういうの。すぐ読み終わるのがいいよね。

 いくら鳥とか猫が好きだからって、直近のことをすぐ忘れちゃう脳みそまで似なくてもいいのにとは思うけど。


 ちょうどなんかの漫画の影響で、サッカーだかバスケだのが流行っていてね、楽しそうなやつらはみんなそっちに行ってたな。

 僕のいたとこはまあ早くに青春を交通事故で亡くしたみたいなやつらばっかりでね。残念ながら非常に居心地が良かったよ。大半が幽霊部員だったんだけどね。


 みんな放課後は近所のゲーセンにたむろしてたみたい。それも一つの人生の豊かさなんかもね。

 知らんし興味もなかったけど何か夢中になれることがあるのは少し羨ましかった。


 そんなだからさ、夕暮れた部室には僕と先輩の二人がいればいい方だった。


 その人のことなんだね。度々発作みたいに僕をえぐってくるのは。


 その先輩はね、家庭の事情だとか生きる意味を考えていたとか色々あったみたい。

 つまりは家に帰りたくなかったんだ。

 話したそうでもなかったから僕もあえて詳しくは聞かなかったんだけど。


 暗い感じではないんだけど言葉の端々に諦念がちらついてるような娘でね。

 不器用な笑い方をしてね、僕はそれが好きだった。


 今となって思うのが、その先輩と過ごした他愛のない放課後が僕の冴えない人生の中で一番優しい時間だったかもしれないなんて、そんな恥ずかしいことくらい。


 その時間が止まった部屋にはさ、自意識と時間ばかりを持て余したやつらが燻っていた跡がたくさん残ってたんだ。

 書きかけのファンタジー小説、コマの足りないテーブルゲーム、ハンターハンターの十巻、完全自殺マニュアル、エヴァの謎本、線香花火だけ残った花火セット・・・


 僕はたまにそいつらを引っ張して遊んでたんだ。

 他にやることもないし、先輩の興味を引ければ一緒に遊べることもあったからね。


 今考えるとすごく健気で可愛くないかな。

 まぁでもしょっぱいね。すごく。


 マジックザギャザリングって知ってるかな。

 昔流行ったトレーディングカードゲームなんだけどね。

 ダンボールいっぱいに詰め込まれたのを見つけてさ、僕が何となしに何枚か取り出して眺めていると、それが先輩の関心を買ったようだった。


 どうやら彼女には弟がいるらしくたまにゲームの相手を嫌々ながらにさせられているらしい。


「せっかくだし少し遊んでみようか」

 そう言った彼女は不器用そうに、でも満更でもなさそうに笑ったんだよ。僕はそれがすごく嬉しかった。なんでだろうね。


 マジックってゲームの戦略には大きく分けてビートダウン、パーミッション、コンボの三つがあってね、前のめりに攻めるビートダウンを僕は好んでいた。

 先輩は受け手に回るパーミッションだった。

 もっともあの紙束の中だとそれくらいしかマトモに選べもしなかったんだけど。


 先輩はすごく強くてね、こっちの考えていることなんか全部わかっているとでも言わんばかりに、僕の嫌がることを的確にこなしてくるんだ。

 それでも極稀になんだけど僕の運がすごく良くて、勝ちを拾いそうになることがあったんだよ。

 その度に彼女は言葉巧みに僕を翻弄したんだった。


「君が勝ったらなんでもいうことを聞いたげる」

「そういえばお気に入りのリップが無くなってたんだけどなにか知らないかな」etc……


 どんだけ負けたくないんだよお前は、って今となっては笑えちゃうんだけど、当時の僕にはすごく有効な作戦だった。

 わかりやすく動揺して勝てるゲームもみすみす落としてたからね。

 まぁ心当たりがなくもなかったし、何よりそれは彼女のプレイングが上手だったんだ。なんかこう、そういうことにしておきたい。


 結局、彼女が卒業するまで僕が勝てることは一度もなかった。

 対戦ゲームでこれは逆にすごくないかな。


 それでまあ十年以上たった今でも、僕はたまにコントロールされて負けているんだよ。夢の中でね。


 冴えない十代の話はこれで終わり。

 冴えない二十代の話に戻るね。


 そんな彼女と再会することがあったって言ったら、素敵なことだと思う?


 それじゃまるで漫画じゃないか! って笑う?


 僕だって自分の芋臭さに呆れてしまいそうにもなるけど、まぁ実際にまた会えたんだよ。漫画みたいにね。


 物語の舞台は評判のいい精神病院!

 みんな実にいい死んだ顔をして診察を待ってたね。僕も。先輩も。


 待合室で、窓の外を眺めて虚無と遊んでいた時にね。呼ばれたんだよ。彼女の名前がさ。

 一瞬で頭ん中のモヤが晴れたよね。何年も寝かせた恋ってのはどんな抗精神薬よりも効くんだよ。

 ロマンチックすぎて吐きそうになる。

 実際ちょっともどしちゃったんだよね。汚ねえ。


 その時の僕は大変間抜けな顔をしてたみたいでさ、彼女が僕に気がついてあの頃と変わらない不器用な笑顔を見せてくれたんだよ。


 憂鬱が服を着て歩いているみたいな、そんな陰気臭い雰囲気が消えたんだよ。

 一瞬だけのことなんだけどね。


 それから、僕らはたまに話をしたんだ。

 待合室でのちょっとした時間なんだけどね。

 それでも僕は生きるのがすごく楽しくなった。変わってないね単純なのは。


 ある時、示し合わせたように病院のあるビルにあのマジックザギャザリングの専門店が出来てたんだよ。

 

 僕は奇跡の使い手だったのかもしれないななんて苦笑いしてしまった。


 先輩もそのことを知っていたみたいで、僕は「せっかくだしまた少し遊んでみませんか」って思い切って誘った。

 彼女はあの昔と変わらない笑顔で応えた。


 ゲームの最中、他愛のない話をしたんだ。


「君、私のこと結構好きだったでしょ。」

 彼女はからかうように言った。


「はい。好きです。」

 僕は何年間も予行演習した言葉を丁寧に紡いだ。

 彼女は少し驚いたようで、それは僕が今まで見たこともない反応だった。


 彼女は

「ありがとね。」

 と曖昧に微笑んでくれた。


 僕はセミの鳴き声に気がついて今が夏だってことを思い出した。


 結論から言うと僕はゲームに勝つことができなかった。


「残念ながら君のいうことは聞けないな。」

 と彼女は言った。


「覚えてたんですか。」

「君もね。」

 どうやら未練たらしいのは僕だけじゃないみたいだった。


「たとえゲームなんかでもほら、君が勝つために夢中になって頑張ってたのは知ってるよ。理由は邪だったけどね」

「あはは、すみません。」


「私はね、なにに対してもある程度結末みたいなものを予測して先に諦めてたんだよ。そうすれば傷つかないから。それでもね。私の一挙一動に一喜一憂する君が、私が何をやっても嬉しそうにする君を見てる時間が好きだったよ。」

 彼女はそう言ってテーブルを片付け始めた。


 もしここで

「私はあなたといるときだけ本当の自分でいられた。」

 だなんて言えたりしたならば、何か物語が始まったりするんじゃないのかな。


 なんて。そんなことを思ったりした。


 了


Delay / 遅延 (1)(青)

インスタント

呪文1つを対象とし、それを打ち消す。これによりそれが打ち消された場合、それをオーナーの墓地に置く代わりに時間(time)カウンターが3個置かれた状態で追放する。それが待機を持っていない場合、それは待機を得る。

(オーナーのアップキープの開始時に、時間カウンターを1個取り除く。最後の1個を取り除いたとき、それをそのマナ・コストを支払うことなくプレイする。それがクリーチャーである場合、それは速攻を持つ。)

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遅延 あじその @azisono

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