106

「アスター……」


「アリッサム、交通事故に遭って入院していたんだろう。一人でここに来たのか? ジンジャーには知らせて来たのか?」


 アリッサムの体はとても冷たくて、俺の両手が凍えるほどだった。


「アスターに逢いたかった。高校を卒業したらすぐに逢いにくるつもりだったんだよ。でも来れなかった。アスターにどうしても『おめでとう』と『さようなら』が言いたかったんだ。結婚するんだよね? アスターおめでとう」


 俺は首を左右に振り、アリッサムを強く抱きしめた。


「……アスターどうしたの?」


「アリッサム……違うんだ。婚約は解消したよ。アリッサムが交通事故に遭ったとジンジャーから知らせを受けて、生きた心地がしなかった。自分の気持ちにやっと正直になれた……」


「アスター……。婚約解消したの? ボク、アスターにずっと逢いたかったんだよ」


 俺もアリッサムに逢いたかったよ……。


「アリッサム、怪我は大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。体が冷たくて凍えるほど寒くてたまらないけど、痛みは何も感じない」


「そうか。部屋の中に入って、何か温かい飲み物を作るよ」


 俺は玄関のドアを開け、アリッサムを室内に招き入れた。照明のスイッチに手をかけると、アリッサムは「眩しいから」と制止し、ダウンライトだけを点けた。


 薄明かりの下で、アリッサムは優しく微笑む。


「すぐにジンジャーに連絡しないとな」


 電話に手をかけると、アリッサムがそれを遮った。


「アスター待って。お兄様にはあとでボクから連絡するから」


「もしかして、ジンジャーに黙って病院を抜け出したのか? 悪い子だな」


「だって、ボクにとって大切なことだから」


「ジンジャーはきっと死ぬほど心配してるよ」


「そうかな。お兄様ならわかってくれる。卒業式のあと、お兄様がバレット王国行きの切符をくれたんだ。『アスターのところに行け』って背中を押してくれた。でも交通事故に遭って病院のベッドから動けなくて、そうしているうちにアスターからお兄様に結婚式の招待状が届いて、お兄様がボクの耳元で『もうアスターのことは諦めろ』って言ったんだ……。ボクはその言葉を聞いて悲しくなった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る