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――八月、俺達は最終打ち合わせのために教会に行くことになっていた。
教会に行く前に、アイビーと一緒にウィルソン夫人の病室を訪れる。ウィルソン夫人は痩せてはいたが顔色も良く、笑顔で俺達を迎えてくれた。
「挙式にはジョンソンさんのご両親も親族も勿論いらっしゃるのよね?」
「はい。挙式前日にラマンジェを出立するそうです」
「そう。本当は写真館で記念写真を撮るつもりだったのでしょう。挙式・披露パーティーだなんて、主人が私のために我が儘を言ったのでしょう」
「お母様、そうじゃないわ。私が我が儘を言ったのよ。少しでも早くアスターを独り占めしたかったから」
アイビーは冗談交じりにその場を和ませ、俺に笑顔を向けた。正直俺は、そこまでの演技力を持ち合わせてはいない。
バレット王国の田舎町ラマンジェに住む両親に、まだ偽りの挙式・披露パーティーの話はしていないからだ。
ウィルソン夫人の余命が短いからと言って、神聖なる神の前で偽りの挙式を行うなんて、信仰心の強い母が許すとは思えない。
ウィルソン夫人は困り顔の俺を見つめ、口元を緩ませた。
「ジョンソンさんは正直者ね。アイビー、私が自分の余命を知らないとでも思ってるの? あなたが私に親孝行をしたい気持ちも、お父様が私を喜ばせたい気持ちも、ちゃんと理解しているつもりよ」
「……お、お母様!?」
「生きている間に、あなたの花嫁姿が見たいと我が儘を言ったのは私。だから……写真館で記念撮影をすると言ってくれた時は嬉しかった。でも、挙式・披露パーティーとなると、それは別の話よ。あなた達は神の前で生涯の愛を誓えるの? まさか、神聖なる教会で偽りを述べるつもりじゃないでしょうね? そんなことをしたら、私は死んでも死に切れなくてよ」
「……お母様、知っていたの?」
「体が弱っても、娘に騙されるほど頭は弱ってはいないわ。ジョンソンさん、私どもの我が儘にお付き合い下さりありがとうございました。私なら大丈夫です。だからもうそんな愚かな真似はしないで下さい。死に逝く者のために、偽りの挙式をあげるなんてウィルソン家の名誉を汚すことになります。こちらからお断り申し上げます」
俺は毅然としたウィルソン夫人の態度に、言い訳も出来なかった。アイビーは困り顔で俺に助けを求めたが、俺はこれ以上ウィルソン夫人に嘘がつけなかった。
「大変申し訳ありません。ウィルソン夫人の仰る通りです。噓をつき申し訳ありませんでした」
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