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 ◇◇


 ――先月、ウィルソン夫人が倒れ、精密検査の結果余命三ヶ月と宣告された。元気なうちに娘の花嫁姿を見たいと切望され、アイビーは悩んでいた。


「アスターにこんなことを言える筋合いではないことくらいわかっている。でも……どうしても母に私の花嫁姿を見せたいの。アスター……母が亡くなったあとに、父には正直に全て話すわ。だから……お願い。偽りでいいの。花嫁姿を見せるだけでいいの。入籍も結婚披露パーティーもしなくていいから、母の前で挙式の真似事をして欲しいのよ」


「……真似事って。神を冒涜するような真似はできないよ」


「だったら、花嫁衣装を身につけて写真館で家族写真を撮るだけでいいわ。お願いよ……」


「わかった。君のお母さんの希望なら、写真撮影なら応じる」


 俺はアイビーの願いを聞き入れた。

 写真館の予約を取り衣装や髪型の打ち合わせをする。俺はそれを偽りの婚約者として見守った。


 写真館の担当者も、アイビーの両親も俺達が偽りの関係であることは知らない。


 アイビーの両親は、俺やアイビーが母親に気を使い挙式や披露パーティーを遠慮していると勘違いしているらしい。


 お見舞いのあと、ウィルソン社長と三人で会食をしていると、予期せぬ方向へと話はおよぶ。


「ジョンソンさん、妻のために無理を言ってすまないね。実はこれは私から君たちへのプレゼントだ。親らしいことはこれくらいしかできない」


 ウィルソン社長は俺達の目の前に、スッと挙式・披露パーティーの招待状を置いた。


「お父様……これは? 誰か挙式するの?」


「それは二人の挙式・披露パーティーの招待状だよ。教会も披露パーティーの会場も予約してある。費用の心配はいらない。あとは二人で相談しながら進めなさい」


「お父様、これは……受け取れないわ」


 慌てたのは、俺だけではなかった。

 アイビーは俺以上に慌てていた。


「アイビー、そんなに慌てなくてもわかっているよ。ジョンソンさんと結婚前提で交際しているなんて、嘘なんだろう」


「……お、お父様!?」


「お母様のために偽りを演じるなら、ちゃんと挙式・披露パーティーも見せてあげなさい。エキストラが必要ならば、私が全てセッティングする」


「……お父様、全部わかっていたのね」


「私を誰だと思っている。お前は子供の頃から、嘘が苦手だった。お前の嘘くらいすぐにわかるんだよ」


「……ごめんなさい」


「お母様のためだ。ジョンソンさんにも嘘の片棒を担がせてしまい申し訳ないと思っている」


「ウィルソンさん、今までの無礼をお許し下さい」


 俺はウィルソン社長に謝罪した。

 アイビーはエキストラだと母親にすぐに気付かれてしまうと、親戚や友人にも協力を要請し、偽りの招待状を送ることにした。


「アスター、大学の仲間にも協力してもらいましょう」


「大学の仲間にも?」


 そこまでしなくてもと思っていたが、アイビーはジンジャーにも招待状を郵送した。

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