アリッサムside

85

 本宅に戻ったボクは自室に隠り、急いで白いボストンバッグに衣類を詰め込んだ。


 アスターは明日の午前中に出立する。

 ボクも一緒にバレット王国に着いて行く。兄に反対されたら、家出しても構わない。


 いや、きっと反対するだろう。

 それならば、兄に相談せず強行突破あるのみだ。


 外出していた兄が帰宅した。

 兄に悟られないように、今夜は平常心を保つ。


「お兄様お帰りなさい」


「ただいま。アリッサム」


 兄は段ボール箱を抱えている。


 ――どうして……お兄様が……?

 あの段ボール箱は別宅にあったはず……。


「……それ、アスターのだよね」


「そうだよ。処分してくれと頼まれたからな。コーネリア、この荷物を処分してくれ」


「はい、畏まりました」


 コーネリアが段ボール箱を受け取った。


「……待って! コーネリア……」


 ボクはコーネリアに走り寄る。


 ――まさか……?


 いや……そんなはずはない……。


 アスターの出立は明日の午前中のはず。


 ――嘘だろう。


「お兄様……アスターに逢ったの?」


「アスターに逢ったよ。今頃はもうバレット王国に向かってるはずだ」


「……嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」


 ボクは声を張り上げて泣き叫ぶ!

 コーネリアがボクの体を背後から抱きしめた。


「アリッサム様、お可哀想に……」


 お兄様はボクの目を見つめた。


「アリッサム、大人になれ。もうアスターは行ってしまったんだ。アスターのことは諦めろ」


 ――諦めろ……?


 さっきまで、アスターはボクの目の前にいたんだ。まだアスターのぬくもりだって、この手に残ってる。


「アリッサム、お前には自分のなすべきことが、他にあるだろう」


 自分のなすべきことって……。

 そんなこと、わかんないよ……。


 両親や兄に従ってずっと性別を偽ってきた。自分の気持ちにまで噓をつく大人になんて、なりたくないよ。


「高校を卒業して、王立大学に進学することが、アスターの一番喜ぶことだからな」


 ――王立大学……?


 そんなもの、今のボクにはどうだっていい……。


 床にしゃがみ込み、置かれた段ボール箱を開けた。箱の中には様々な物が入っていた。


 一番上に、淡い黄色の封筒があった。

 その封筒を手に取ると、表に『アリッサムへ』と小さな文字で書かれていた。

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