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「家具は備え付けだけど、必要なものがあれば言ってね。アスターの荷物も先ほど届いたから、部屋に搬入してあるわ。建物の一階と二階が不登校の子供達のフリースクールになっている。その上階がアパートになってるのよ。アスターの部屋は五階、王都ローズの街並みも見えて夜景は綺麗だと思うわ。最上階は私の居住スペースよ」
「夜景ですか。家賃は高そうですね」
「周辺の建物よりもグレートは高いわ。アスターはスタッフではなく講師として、わざわざスーザン王国から招いたわけだから、家賃は特別待遇にするわ」
「わざわざって、俺が無理を言って押しかけたんですよ」
「父にもフリースクールのスタッフにも、スーザン王国のパブリックスクール、セントマリアンジュ校の元教師を招いたと話してあるから。そうでないと特別待遇にはできないからね」
アイビーは冗談めかして笑った。
「色々ありがとう。ウィルソン理事長お世話になります」
「やめてよ。私はあくまでも運営責任者兼校長。理事長は父よ」
「そうだな。でもいずれは理事長になるんだろう」
「まだその器ではありません。父は私に有能な婿養子を迎えるつもりらしいけど、私は政略結婚はお断りだから、こうして父とは異なる職種を選んだのよ」
政略結婚か……。
爵位を持つ家庭でなくても、大富豪の令嬢も政略結婚するんだな。
俺は迎えの車の後部座席に、アイビーと共に乗り込む。車内で大学生の頃を思い出して二人で盛り上がる。
アイビーはジンジャーのこともよく知っている。俺達は学年の垣根を越え、よく一緒に遊んだ仲だから。
「ジンジャーは元気にしてる? アスターとも何年振りかしらね?」
「二年前に逢って以来かな? 懐かしいな」
「アスター、セントマリアンジュ校で何かあったの? 教師を辞めるなんてあなたらしくない。セントマリアンジュ校に赴任したばかりだよね?」
「短い期間だったけど色々あったんだ。理由は聞かないくれ」
「失恋でもしたの? それとも、まさか女子生徒に手を出したとか?」
アイビーが笑いながら俺を見た。
図星なだけに、顔は引き攣り俺は笑うことが出来ない。
「やだ。本当に? 困った先生ね。それともアスターは紳士で優しいから、女子生徒が勘違いしたのかな? そんな時は恋人を作ればいいのよ。恋人がいないなら、私がなってあげるわ」
「……えっ?」
「そんなに驚いた顔しないで。でも、アスターから電話を貰った時は、本当に嬉しかったのよ。学生時代に戻ったみたいにワクワクしたわ」
「先輩……」
「フリースクールで先輩はやめてね。他のスタッフに、学生気分が抜けてないと思われたくないから。二人きりの時はアイビーでいいわ。フリースクールでは『ウィルソンさん』で」
「わかった。そうさせてもらうよ、先輩」
「アスターさえよければ、ウィルソン家の婿養子になることも選択肢の一つだけどね」
「先輩、俺は……」
「わかってるわ。私には興味ないんでしょう? 学生時代からずっと狙ってたんだから、気長に待つわ」
アイビーはニッコリと微笑んだ。
車は五階建ての立派な建物の前に停車する。外壁は茶色の煉瓦張りで、この周辺でも一際目立つ建物だった。
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