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 俺は段ボール箱をダイニングルームの床に残したまま、自分の部屋に戻り黒いボストンバッグを掴んだ。


 アリッサムには出立は明日の午前中だと伝えたが、蒸気機関車の切符は今夜十九時発の夜行列車だ。


 噓をついたのはアリッサムが万が一、俺を追って来ることを避けるためだった。


 俺はそのまま別宅を出て、玄関ドアに鍵をかける。鍵は傘立ての下に隠した。


 ジンジャーには全て話してある。

 もしもアリッサムが暴走したとしても、ジンジャーが止めてくれるだろう。


 ――アリッサム……


 これで本当にさよならだよ。


 薔薇の樹木に囲まれた本宅に視線を向けた。


 こんなにも胸を焦がす恋は、もう二度とない。


 黒いボストンバッグを掴み、最寄り駅のある方角へと歩く。クラクションの音がして、振り返るとアダムスミス公爵家の車だった。


 後部座席の窓が開き、ジンジャーが俺に声を掛けた。


「アスター、乗れよ。駅まで送るよ」


「アリッサムは?」


「アリッサムはコーネリアが世話をしてくれている。両親不在だからな。コーネリアは母親代わりのようなものだ」


「そうか。俺、アリッサムに酷いこと言ったんだ」


「わかってるよ。アリッサムのことを思って、明日出立すると話したんだろう。早く乗れよ」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 俺は車の後部座席に乗り込む。


 ――ごめんな、アリッサム。


 ジンジャーに最寄り駅まで送ってもらい、駅前で別れた。何も語らなくても、ジンジャーは俺の気持ちを察してくれた。


 蒸気機関車に乗り込み、夜の闇に沈む。だんだん遠ざかるセントマリアンジュの夜景を見つめた。


 アリッサムとの楽しかった日々が、走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えた。


 ◇


 ―バレット王国 王都ローズ―


 十二時間以上かけて、蒸気機関車は早朝バレット王国に到着した。


 俺を出迎えてくれたのは、大学時代の先輩、アイビー・ウィルソンだ。彼女の父親は資産家で、王都ローズで多数の不動産を所有している富豪だ。


「アスター、お帰りなさい」


 美人だが外見はボーイッシュで性格もサバサバしている。栗色のショートヘア。目鼻立ちは整い凛とした立ち姿。


 女性なのに、パンツスーツを着用しているため青年実業家に見えなくもない。アリッサムが大人になったら、こんな女性に成長するのだろうと頼もしく思えた。


「アイビー先輩、すみません。色々無理を言って」


「いいのよ。嬉しかったわ。アスターが困った時に私を思い出してくれたなんて。想定外だったからね」


 アイビーは学生時代と変わらない笑顔を俺に向けた。

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