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バレット王国での住まいもすでに決まり、今日の午前中に、ジンジャー立ち会いのもと新住所に荷物を送った。
バレット王国では大学時代の知人が、業者から荷物を受け取り現地で指示をしてくれることになっている。
だから室内に、俺の荷物は何ひとつない。
別宅のドアを開けると、アダムスミス公爵邸にもともと備え付けられていた家具が視界に入る。玄関ロビーもダイニングルームもリビングルームも特別変化はないのに、アリッサムは何かに気付いたようだ。
「……リビングに飾っていた家族写真がない」
アリッサムは手に持っていた鞄を床に落とした。ドスンッと音がして、思わず段ボール箱を床に置く。
「アリッサム、大丈夫か?」
「……いつ……荷物を搬送したの? 昨日もトラックは来ていないし、今日は学校だった……。まさか? 今日……!?」
「今日の午前中だよ。ジンジャーが手配してくれたんだ」
「そう……。本当に行くんだね」
「うん」
「いつ、バレット王国に立つの?」
「明日だよ。午前中の汽車だ」
「アスター……。さよならなんだね」
「うん。アリッサム、元気でな」
アリッサムが俺に抱きついた。
「アスター……、ボクが大学を卒業するまで待ってて」
アリッサムが俺の耳元で囁いた。
「アリッサム……それは……」
「大学を卒業したら、バレット王国に行くから」
「アリッサムはアダムスミス公爵の令息なんだよ。俺なんかを追ってバレット王国に来なくていい」
「アスター……。ボクは令息なんかじゃない。ボクは……本当は女子なんだ。噓じゃない、女子なんだよ。お願いだよ、待ってるって言ってよ。ブラウン先生と結婚前提で交際しているなんて嘘なんだろう」
アリッサムが俺に抱きついたまま泣いている。
「アリッサムが女子だってことは知ってた。ジンジャーに教えてもらったんだ。正直驚いたが、アリッサムが令息でも令嬢でも、俺にはどちらでも関係のないことだ。何故なら、アリッサムには兄弟のような感情しか抱いてないからだ。アリッサムの気持ちは嬉しいが、俺はブラウン先生と交際している。そのうちアリッサムに相応しい人が、きっと現れるよ」
「自分勝手なことばかり言わないでよ!」
アリッサムは俺の胸を、両手でポカポカと殴った。
「……ごめん。気がすむまで殴れ。それでも、俺達の関係は変わらない」
「……アスターのバカ!」
アリッサムは俺を突きとばし、別宅を飛び出した。
アリッサム……。
傷付けてごめん。
本当は……心から、愛している。
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