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「アダムスミスさん? どうしたの?」


 ブラウン先生がアリッサムに声をかけた。

 アリッサムはありったけの笑顔で微笑む。


「ジョンソン先生、先生のアパートは家と同じ方角ですよね。迎えが来ているのでアパートまで送りますよ。それともブラウン先生の方がいいですか?」


 先日、ブラウン先生の車に二人でいたところをアリッサムに目撃された俺達。俺はアリッサムにブラウン先生との交際を宣言したばかりだ。


 アリッサムの意味深な言葉に、ブラウン先生は慌てている。


「ア、アダムスミスさん……。職員室でおかしなこと言わないで」


 ブラウン先生は職員室の窓から、正門に視線を向けた。正門前には、アダムスミス公爵家の車が停車していた。ブラウン先生の車とは、比較にならないほどの高級車だ。


「アダムスミスさんがそこまで言うなら、ジョンソン先生送っていただいたらいかがですか? そうだ、私はまだ仕事が残っていたわ」


 ブラウン先生は愛想笑いをしながら、俺から視線を逸らした。


「アダムスミスさんがわざわざ車で送ってくれるのか? じゃあお言葉に甘えて、送ってもらおうかな」


 ブラウン先生は椅子に腰を下ろし、俺達に背を向けた。アリッサムはブラウン先生に近付き、耳元で小声で囁いた。


「ブラウン先生、先日アパートの前にいましたよね?」


「あ、あの日は……歓送迎会だったのよ。だからジョンソン先生を送っただけよ」


「ブラウン先生のアパートと方角は反対ですよね? もしかして、ジョンソン先生と付き合っているんですか?」


 アリッサムの唐突な質問に、ブラウン先生の視線は落ち着きなく左右に揺れ、頬を赤く染めた。


「アダムスミスさん、な、何を言ってるの。冗談はやめて。ジョンソン先生に失礼よ」


「違うんですか? 結婚前提の交際ではないのですか?」


「は? ま、まさか……?」


 俺は徐々にヒートアップするアリッサムの腕を掴んだ。


「アダムスミスさん、ブラウン先生が困ってるだろう。ここは職員室だ。いい加減にしなさい。ブラウン先生、皆さん、色々お世話になりました。失礼します」


「ジョンソン先生、お元気で……」


 俺は段ボール箱を抱えて、職員室を出る。アリッサムは先生方にペコリと頭を下げ、俺のあとに続いた。


 アリッサムと二人並んで堂々と校庭を歩いたのは、初めてだった。


 段ボール箱を車のトランクに詰め込み、俺達は後部座席に乗り込む。


 俺は隣に座っているアリッサムに視線を向けることができない。車は静かに発進し、アダムスミス公爵邸に向かう。車中での沈黙が、俺の心を苦しいほどに締め付けた。

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