アリッサムside

79

 兄は王城での舞踏会に出かけて不在。

 アスターと話をする最後のチャンスかもしれない。それなのに、夜になってもアスターは帰宅しない。


 まさか……

 もう引っ越したの!?


 そんな不安に駆られ、いても立ってもいられず、屋敷の外に出てアスターを待つ。


 暫くして、暗い車道に車のライトが光る。

 数メートル先のアパートの前に、一台の車が停まった。


 車に近づき目を凝らして見ると、車内で男女が親しげに話をしていた。フロントガラスは曇り、車内はハッキリとは見えないが、ぼんやりとシルエットが映る。


 助手席に座って男性が、前方にいたボクに視線を向けた。


 ――アスター……!?


 運転席の女性は……ブラウン先生!?


 嘘だろう!?


 ボクに目撃され、よほど後ろめたいのか、アスターは車から急いで降り、ボクの視界から逃げるように歩く。


 車が走り去ったのを見届け、ボクはアスターを追いかける。


 暫く……重苦しい沈黙が流れた……。


 二人で夜道を歩いているのに、目の前にいるアスターに触れることができない。


 ボクは呼吸をすることも苦しいほどに、心が押し潰されそうだ。


 やっとの思いで、二人の関係を問い質した。


 アスターはブラウン先生と『結婚を前提に交際している』と言った。


 ――嘘だよね……?


 いつもの冗談だよね……?


 ボクをからかってるんだろう……?


 でもアスターは、真剣な表情をしている。


 ――まさか……本気なの……?


「……それ、本気で言ってるの?」


 アダムスミス公爵邸の正門前に到着し、アスターは別宅に向かう。


「待ってよ。本気でブラウン先生と交際するつもりなの!」


 ボクはアスターの腕を掴んだ。


「アリッサム、俺とブラウン先生はもう交際しているんだ。学校で公表してないけど、俺達は真剣なんだよ。ジンジャーにも話してある。手を離しなさい」


 ボクはショックのあまり、掴んでいた手を離した。


 心が苦しいよ……。


 アスター……、好きでいることがそんなに迷惑なの?


 ブラウン先生みたいに、大人の女性じゃないけど、ボクはブラウン先生よりもアスターのことを知っているし、アスターのことが好きなんだよ。


 それなのに、ボクはもう必要ないの?


 ボクは呆然とその場に立ち尽くした……。


 別宅に戻るアスターの広い背中を見つめながら、涙が溢れて止まらなかった。

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