微熱 11

アスターside

76

 ――それから十日、俺は引っ越しの準備と学校の引き継ぎに追われていた。


 俺が辞めるという噂はすぐに広まり、急遽クラスの生徒達に事情を説明、後任の先生もすでに決まっていたため、生徒達に大きな混乱は見られなかった。


 ただ一名だけは、ずっと膨れっ面をして手で耳を塞ぎ、俺の話を聞こうとはせず、この十日間俺と目を合わせようとはしない。


 俺は平静を装うものの心境は穏やかではなく、緊張感を持ち授業に挑んだ。


 教職員による歓送迎会の日程も決まり、当日俺は街のレストランに向かう。


 楽しくみんなで会食したあと、俺はブラウン先生に車で送ってもらうことになった。


 先日ブラウン先生に告白をされ、二人きりになるのは初めてだった。まだ返事をしていない俺に、ブラウン先生から話しを切り出した。


「ジョンソン先生、あと四日でお別れですね。寂しくなりますね」


「ブラウン先生、あの……先日のお話ですが……」


 ブラウン先生はキュッとブレーキを踏んだ。俺達の体は振り子のように前につんのめる。


「ご、ごめんなさい。ちょっと待って下さい。急に鼓動が速まりドキドキしてきました。今お返事を聞くと運転に支障をきたしますので、もう暫く待って下さい。アパートの前に着いたら聞かせて下さいね」


 慌てふためき緊張した面持ちのブラウン先生が、いつもの雰囲気とは異なり可愛く思えた。


「はい、そうします。運転代わりましょうか」


「い、いえ、大丈夫です。これでも無事故無違反なんですから、安心して下さい」


 急発進したブラウン先生。

 体が前後に揺れ、俺の足に力が入る。


 約三十分車を走らせ、自宅だと嘘をついたアパートの前に車は停止した。ブラウン先生は大きく深呼吸すると、意を決したように俺を見つめた。


「はい、心の準備は出来ました。どうぞ仰有って下さい。あ、ちょっと待って下さい。もう一度、深呼吸しますから」


「フー……ハァー……」と深呼吸を繰り返すブラウン先生の様子に思わず笑みが漏れたが、その真剣な眼差しに、吹き出しそうになるのをグッとこらえた。

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