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「そうだな。アリッサムにもその方がいい。俺の恋人は、近いうちに城に戻ることになったんだ。いつまでも中途半端なことは出来ないからな」


「そうか。国王陛下に許してもらったのか。王室の侍女も大変だな。俺も荷造りを始めないといけないし、アリッサムに寂しい思いをさせたくないんだ」


「王室の侍女? なるほど……そう認識していたのか。アイリスが侍女ねぇ」


「違うのか? だったら……彼女はなに?」


「そのうち話すよ。お前がいなくなると寂しくなるな。アリッサムは昔からアスターのことが好きだったんだ。だから、お前なら安心して任せられると思ってたんだけどな」


「どうしたんだよ。お前らしくない」


「俺にも色々事情があるんだよ」


「何だよ、言えよ」


「それはまた……」


 ジンジャーはそれ以上何も語らず、グラスを差し出す。グラスに注がれたワインは、アダムスミス公爵家のワイナリーで作った赤ワインだった。


「ありがとう」


 俺達は二人でワインを酌み交わした。

 長年の友、それだけで気持ちが通じ合う気がした。


 ◇


 ――夜になり、アリッサムが帰宅した。


「やだよ! やだーっ!」


 ジンジャーはバタバタと暴れるアリッサムの腕を掴み、別宅から連れ出す。


「こら、アリッサム! 子供みたいに駄々をこねるな。アリッサムの荷物はもう本宅に運んであるんだ。ここには制服も下着もないんだよ。裸で学校に行くつもりか? アダムスミス公爵家の者が裸で登校するなんて、兄としては賛成できないな」


「お兄様の意地悪! どうしてそんなことするんだよ! お兄様の恋人と一緒に暮らしたくない!」


「彼女ならもう城に戻ったからいないよ」


「えっ? 城に? あの人と別れた……の?」


 ジンジャーは口角を引き上げて笑みを浮かべた。


「コーネリアもメイドも使用人も全て呼び戻した。お前はもう家事も恋もしなくていい。勉強に専念しろ」


「何でだよ! アスターはあとニ週間でいなくなっちゃうんだよ! やだよ! アスター……アスター……」


 泣き叫ぶアリッサムに、俺は背を向けた。


「アリッサム、明日学校で逢えるよ。今まで美味しい食事をありがとう。おやすみ」


「アスター……いやだ……いやだ……」


「アリッサム、お前はアスターに振られたんだよ。さあ、家に戻ろう」


「……アスターに振られた?」


 アリッサムはジンジャーに腕を掴まれ家を出た。


 俺はアリッサムの目を見ることができなかった。アリッサムが女子だとわかり、動揺していたからだ。


 今まで気付かないなんて、自分の愚かさを恥じた。


 ガチャンと閉まるドア。

 俺は振り返る。窓硝子越しに、アリッサムの後ろ姿が見えた。

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