73

 アリッサムがいなくなっただけで、屋敷の中がガランとした気がした。


 賑やかだった室内が、妙に静かで寂しくて……。


「アリッサム……。やっぱり一人は寂しいよ」


 中庭を挟んで見える本宅の明かり。

 今は混乱しているが、俺もアリッサムもこの状況を理解する日がくるはずだ。


 一人でいることが寂しくなり、バレット王国のラマンジェに住む母に電話をかけた。


『アスター? アスターなの? まあ久しぶりね? 元気にしてるの? セントマリアンジェ校はどう? 暮らしは落ち着いた?』


 優しい母の声に、目頭に熱いものがこみ上げる。


「俺は元気だよ。バレット王国の王都ローズに戻ることになったんだ」


『まあバレット王国に? 転勤なの? それとも……』


「疲れたんだ。知人を頼ってフリースクールのスタッフをすることにした」


『アスター……まさか教師を辞めるの? 教師は天職だって言ってたのに。まだ赴任したばかりでしょう。真面目なあなたが短期間で教職を辞めるなんて、セントマリアンジェ校で一体何かあったの?』


「何もないよ。母さんは心配性だな」


『アスター、もしも辛いことや困ったことがあるのなら、王都ローズではなくラマンジェに戻っておいで。アスター……、母さんと一緒に暮らしましょう』


「母さん。俺は大丈夫だから。母さんの声を聞いたら、元気が出てきたよ。さてと、荷造りでもするかな」


 涙が滲む目頭を、指で拭った。


『アスター、いつでも家に帰ってきていいからね。アスターの家はここなんだから』


「ありがとう。また電話するよ、おやすみ」


『新しい住所が決まったら知らせなさいよ。じゃあね、おやすみなさい』


 久しぶりに聞いた母の声。

 この歳で、ホームシックになるとは思わなかった。


 母さん……ごめんな。


 本当は教師に疲れたんじゃない。


 俺は今でも教師は天職だと思っている。

 今でも、学校が、生徒達が、好きだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る