微熱 10

アスターside

71

 ――翌日、アリッサムがお茶会に出掛けている間に、俺は本宅に出向いた。


 俺が退職してもこの件が収まらない場合、アリッサムが辛い立場に置かれてしまう恐れもあるため、ジンジャーにだけは本当のことを全て話すべきだと思ったからだ。


 本宅に出向くと、ジンジャーはリビングで恋人と寛いでいた。俺の様子に、すぐに何かを察したジンジャーは彼女を退室させる。


「座れよ。ついに学校にバレたのか」


「……どうしてそれを?」


 ジンジャーは靴棚から一足の白いハイヒールを手にする。


「こんなデカいハイヒールじゃ、シンデレラにはなれないよ。ていうか、お前いつから女装趣味になったんだ?」


 ジンジャーはハイヒールを掴んだまま、ニヤリと口角を引き上げた。


 デカいハイヒール……。

 それはコーネリアのハイヒールだよ。


 ジンジャーはあの日、俺達が変装していたことに気付いていたようだ。


「ジンジャー、気付いていたのか」


「俺を誰だと思ってる。アダムスミス公爵家の次期当主だぞ。男女の仲は一目でわかるさ。だからアリッサムはずっと弟だと言ってきたのに、妹だとわかった途端これだからな」


「……ま、ま、まて。今、何と言った!?」


「は? だから、男女の仲は一目で……。お前、まさか気付いてなかったのか!? 同居していて、アリッサムが女だと気付かないなんて、お前もよっぽど鈍感だな。アリッサムが女子の制服で登校した時に、ふつう気付くだろう」


「だって、アリッサムはずっと男子だと思っていたし。セントマリアンジェ校は自由な校風で、男子が女装し女子が男装するのは珍しくない光景で、それは学校も認めているし、アリッサムも俺にそう話してくれたから……」


「アスター、確かにセントマリアンジェ校は自由な校風だ。アリッサムの性別を隠すために、父がそう仕向けたのは事実だ。実際にそういう生徒もいるが、アリッサムは正真正銘俺の妹だよ。お前、男のアリッサムに惚れていたのか!? まさかそっちだったとはな……」


「いや、その、まさかアリッサムが……。そんな……俺は性別に関係なくアリッサムのことを……」


 アリッサムが女子であるという真実に、俺は動揺を隠せない。十八年もの間騙されていたんだ、今更『妹』だと言われても混乱するに決まっている。


「まさか知らなかったとはな。どうやら俺は余計なことを言ってしまったようだ」


 アリッサムが女子だと知り、俺はアリッサムの今までの言動を振り返り、全て納得することができた。


 過保護な両親と兄の庇護のもとに男子として育てられたアリッサム。兄の手前自分が女子だと言い出せなくて、俺に気付いて欲しいがためにわざと自由奔放に振る舞っていたのか……。


 だが、アリッサムが女子だと判明したことで、俺の意思はますます強くなった。


 俺は学校であったことを、正直にジンジャーに話した。


「そうか。アリッサムには何と説明したんだ」


「母が倒れて介護するために退職すると伝えた」


「本当に実家に戻るのか?」


「この歳で親に心配はかけたくない。バレット王国に知り合いがいて、フリースクールで採用してもらえることになった」


「バレット王国か。引越し先の住所を俺にだけは教えろよな」


「わかってる。今、アパートを探して貰ってるから」


 ジンジャーが俺を見て、大きく溜息をついた。


「アスター、俺のせいだな。アリッサムをアスターに押し付けて、教職を奪うことになるとは……本当に申し訳ない」


「お前が謝るなんて、ジンジャーらしくないよ。俺はアリッサムが好きなんだ。八才も年下なのに、生徒に恋をするなんてどうかしてるよな。教師失格だよ」


「恋か……。アスター、このまま別れていいのか」


「いいんだ。秘密を知った生徒が何をするかわからないし、俺はアリッサムを守りたいんだ」


「アスター……」


「ただあとニ週間、同じ屋敷でアリッサムと暮らすのは辛い。女子だと知ったからには、一緒には暮らせない。ジンジャー、アリッサムを引き取ってくれないか」


 俺は退職するまでアリッサムと別れて暮らすと、心に決めた。

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