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アリッサムは食事の手を止め、俺を真っ直ぐ見つめた。
「アスター、悪いけど食事は後にしよう」
「アリッサム、食べてからでいいよ」
「ダメだ」
アリッサムは目の前にあったビーフシチューの皿を取り上げると、キッチンに戻した。
再びダイニングルームに戻り、俺の横にツカツカと歩み寄り俺の腕を掴んだ。
「リビングで話を聞く。アスターもきて」
「わかったから」
俺はアリッサムに腕を掴まれたまま、そのままソファーに連行され二人並んで座った。
――アリッサム……。
真剣な眼差しのアリッサムが、大人に思えたよ。
八才も年下なのに、俺は意気地がないな。アリッサムに嘘をつくことを、躊躇っている。
「アスター、ちゃんと話して」
「わかってる。アリッサムはもう大人だ。だから、一人の大人として話す。実は母が倒れたんだ」
俺はアリッサムに嘘をついた。
緊張しているせいか、口角がピクピクしている。
アリッサムは拍子抜けしたのか、驚いた表情を浮かべた。
「え? おばさんが倒れたの?」
「そうなんだよ。今、入院してるんだ」
「おばさんの容態は? 大丈夫なの?」
「あまりよくないんだ。介護が必要なんだよ。だから……」
「だから?」
「ごめんな。もうここにはいられない。学校も退職し、実家に戻ることにしたんだ」
アリッサムの顔からサッと血の気が引いた。
「……噓だよね」
「本当なんだ」
「もうすぐ大学受験なんだよ。卒業まで、ボクの担任でいてよ。そうだ、おばさんをここに引き取れば? お兄様に頼んで看護師か侍女を雇ってもらう。そうすればアスターは教師を続けられるだろう」
「アリッサム、ジンジャーにそんな迷惑はかけれないよ。それにもう辞表を出したんだ。ごめん」
「どうして迷惑だって決めつけるんだよ。アスターにいて欲しい。辞めないでよ!」
アリッサムは俺の肩を両手で掴み、体を激しく揺さぶった。俺の心も激しく揺れている。
「アスター、実家に戻っても時々ここに遊びにきてくれるんだよね?」
アリッサムの目から、涙がポロポロと零れ落ちる。その涙に、俺の胸は締め付けられた。
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