68

 アリッサムは食事の手を止め、俺を真っ直ぐ見つめた。


「アスター、悪いけど食事は後にしよう」


「アリッサム、食べてからでいいよ」


「ダメだ」


 アリッサムは目の前にあったビーフシチューの皿を取り上げると、キッチンに戻した。


 再びダイニングルームに戻り、俺の横にツカツカと歩み寄り俺の腕を掴んだ。


「リビングで話を聞く。アスターもきて」


「わかったから」


 俺はアリッサムに腕を掴まれたまま、そのままソファーに連行され二人並んで座った。


 ――アリッサム……。


 真剣な眼差しのアリッサムが、大人に思えたよ。


 八才も年下なのに、俺は意気地がないな。アリッサムに嘘をつくことを、躊躇っている。


「アスター、ちゃんと話して」


「わかってる。アリッサムはもう大人だ。だから、一人の大人として話す。実は母が倒れたんだ」


 俺はアリッサムに嘘をついた。

 緊張しているせいか、口角がピクピクしている。


 アリッサムは拍子抜けしたのか、驚いた表情を浮かべた。


「え? おばさんが倒れたの?」


「そうなんだよ。今、入院してるんだ」


「おばさんの容態は? 大丈夫なの?」


「あまりよくないんだ。介護が必要なんだよ。だから……」


「だから?」


「ごめんな。もうここにはいられない。学校も退職し、実家に戻ることにしたんだ」


 アリッサムの顔からサッと血の気が引いた。


「……噓だよね」


「本当なんだ」


「もうすぐ大学受験なんだよ。卒業まで、ボクの担任でいてよ。そうだ、おばさんをここに引き取れば? お兄様に頼んで看護師か侍女を雇ってもらう。そうすればアスターは教師を続けられるだろう」


「アリッサム、ジンジャーにそんな迷惑はかけれないよ。それにもう辞表を出したんだ。ごめん」


「どうして迷惑だって決めつけるんだよ。アスターにいて欲しい。辞めないでよ!」


 アリッサムは俺の肩を両手で掴み、体を激しく揺さぶった。俺の心も激しく揺れている。


「アスター、実家に戻っても時々ここに遊びにきてくれるんだよね?」


 アリッサムの目から、涙がポロポロと零れ落ちる。その涙に、俺の胸は締め付けられた。

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