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「……はい」
「じゃあご自宅まで送りますね。確か住まいはこのあたりでしたよね? この周辺はアダムスミス公爵家の領地なんですよ。当校のアリッサム・アダムスミスです。我が校は家庭の事情や個人の判断により、男装女子や女装男子も多々見受けられますが、校長はそれらを個性だと受け止めています。そのきっかけを作ったのはアダムスミスさんですけどね」
「そうですか……」
俺はアダムスミス公爵邸の近くにあるアパートが自分の住まいであると噓をつく。車は五分後にはアパートの前に到着した。ブラウン先生はゆっくりとブレーキを踏む。
「このアパートにお住まいだったのですね。学校と近いですね。もっと早く知っていればよかったです」
俺を見つめて優しく微笑むブラウン先生。俺は嘘をついていることに申し訳なく思う。
ブラウン先生の優しさに縋れたら、俺の気持ちは楽になるのかもしれない。
だけど俺はアリッサムを……。
「ブラウン先生、ありがとうございました」
「いえ、ジョンソン先生、お返事……待ってます」
「……はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
俺は静かに車のドアを閉めた。
アパートに入る振りをして、走り去る車を見送る。完全に車が見えなくなるのを見計らい、俺は来た道を引き返す。
アダムスミス公爵邸の立派な正門が見えた。別館からは明かりが漏れている。アリッサムが帰宅しているんだ。
アリッサムに退職することを話さなければ……。
この地を去ることを……話さなければ……。
別宅の鍵を取り出したものの、ドアを開けることを一瞬躊躇した。
「……俺、何でこんなに緊張してんだよ」
フーッと息を吐き出し、玄関の鍵を差し込みドアをゆっくり開けた。玄関を開けたと同時に、明るい声が響く。
「おかえりなさい。ジョンソン先生」
「ただいま」
「ジョンソン先生遅かったね。何かあったの?」
『ジョンソン先生、ジョンソン先生』って、やけに煩いな。
「色々あって、当分帰宅は遅くなるから、先に食事してていいよ」
「どうして?」
アリッサムは不満そうに、俺の顔を覗き込んだ。
何かを察知したような表情……。
まさか、もう噂が……?
そんなはずはない。
後任が決まるまで、生徒には公表しないと決定したはずだ。
もしかしたら、ジョーンズがアリッサムに……?
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