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 校長室のドアの前で、気持ちを落ち着かせるために俺は大きく深呼吸をした。


 どんなにうまい嘘を並べても、非常識であることにかわりはない。それでもアリッサムを守るためには、こうするしかない。


 震える拳を握り締め、ドアに近付ける。


 ――トントン……。


 意を決して校長室のドアを叩いた。


「どうぞ」


 校長の低い声が、俺の緊張をさらに煽った。ドアを開け一礼して室内に入り、校長の前に進む。


「ジョンソン先生、どうしました?」


「校長先生、お話しがあります。突然ですが、一身上の都合で退職させて下さい」


 俺は校長に退職の意向を話した。


「退職? これは一体どういうことですか? 一身上の都合では、退職願を受理するわけにはいきません」


 校長の言うことはもっともだ。

 受験生を担任しているのに、この時期での非常識な退職願い。


 校長は俺に退職理由を厳しく問い詰めたが、俺は『母が病気で倒れ、介護をしなければいけなくなったため』と嘘をつき、あくまでも『一身上の都合』だと述べた。


 校長は母を介護施設へ入院させることを強く勧めたが、俺の意思は固く『親の介護ならば致し方ない』と、渋々俺の退職願いを受理した。


 あとは……

 受け持ちの生徒と、アリッサムにどう説明すればいいのか……。


 短期間で、担任教師が変わるんだ。

 ジョーンズが俺達の秘密を黙っていたとしても、根も葉もない噂はすぐに広まる。


 その噂が広まる前に、アリッサムにキチンと説明し、二人の同居生活を解消しないと。


 ――アリッサム……。


 俺の選択は過っていないよな。


 ――アリッサム……。


 お前と再会出来て楽しかったよ。


 短い間だったが、毎日が楽しくて幸せで、アリッサムと一緒にいられることが何よりも嬉しかった。


 お前のぬくもりを……。

 俺はこの腕でずっと感じていたかった。


 校長室を出て、俺はトイレに駆け込んだ。鏡に映る俺は、みっともないくらい狼狽えている。


 生徒に脅されて退職しなければならない悔しさと、一時の感情に溺れて見境がつかなくなっていた自分の愚かさに、拳を握り締め何度も何度も壁を殴りつけた。

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