微熱 9

アスターside

60

 月曜日、俺はいつものように視聴覚室でランチボックスを開いた。今日のメニューはハンバーガーにビーフとフライドチキン、野菜サラダ。サラダの上には、ハート形にスライスされたトマトとハム。


「美味そうだが、ハートは勘弁してくれよ」


 思わず口元が緩んだ。


 ――コンコン……。


 少し遠慮がちにドアをノックする音がした。俺はてっきりアリッサムだと思った。俺が視聴覚室でランチをしていることは、数名の教員とアリッサム以外誰も知らないからだ。


「アリッサムだろ。入っていいよ」


 ドアが開き、そこに立っていたのはアリッサムではなくジョーンズだった。


 俺は一瞬焦り、口を押さえる。

『アリッサム』って、聞こえたかな?


「ジョンソン先生、話があるんだけど。いいですか?」


「ああ、いいよ。入りなさい。俺が視聴覚室にいることがよくわかったな」


 俺はランチボックスの蓋を閉める。

 ジョンソンは俺の傍にツカツカと歩み寄り、俺の顔をジッと見据えた。


「職員室で聞いたんだ。ジョンソン先生、今、アリッサムって言った?」


「言ってないよ。それよりなんだ? 急用か? ジョーンズさんが昼休憩にわざわざ俺を訪ねて来るなんて珍しいな」


 やっぱり、聞こえたよな。

 まずいな。俺に一体何の用だ。


「ジョンソン先生、そのランチボックス……どこかで見た気がしたんだ。アリッサムと色違いだね。自分で作ったんですか? 参考までに男の手料理見せて下さいよ」


「見せるほどのものじゃないよ」


 俺は慌ててランチボックスを両手で隠した。


「どうして? 見せてよ」


「俺は料理下手なんだよ」


 こんなの見せられないよ。

 自分でサラダの上にハート形のトマトやハムをのせる男性教師がどこにいるんだよ。


「いいから見せて」


 ジョーンズは少し乱暴にランチボックスを取り上げると、勢いよく蓋を開けた。


 うわわ、見られた!?


「ジョンソン先生、ハートって、自分で作ったのか? だとしたら引くんだけど」


「あははっ……。ちょっとな。ふざけて作ったんだよ。だから見るなって言ったのに」


「このメニュー、アリッサムと一緒だね。アリッサムもジョンソン先生も寄宿舎じゃないよね」


「そうだけど。偶然だよ、偶然」


「偶然? 全く同じメニューだなんて、そんな偶然ある?」


 ジョーンズの眼差しに、タラリと冷や汗が流れた。

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