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密着する体と体。よく見るとアスターの白いキャップには、木の葉がついている。
体はうまく隠したが、芝生にはアスターが履いていたコーネリアの白いハイヒールが片方落ちていた。
お兄様は玄関のドアを開け彼女を室内に入れると、何やら言葉を交わしクルリと庭に向きを変え、迷うことなくこちらにコツコツと近付いた。
アスターの腕の中で、ドキドキと鳴る鼓動。アスターに聞こえはしないかと、緊張感が増す。
お兄様は芝生の上でゴロンと転がった白いハイヒールを右手で掴み、周囲を見渡した。
「犬の仕業か? こんなデカいハイヒールじゃ、シンデレラにはなれないよ」
大きな声でそう呟くと、ハイヒールを掴んだまま本宅に引き返した。
デカいハイヒール……。
確かに、コーネリアは太っているため、ハイヒールのサイズも男性並みに大きい。
隣に視線を向けると、キャップに木の葉を乗せたアスター。まるで化け狸みたい。
ボクは堪えきれず「クククッ……」と声を漏らす。
――次の瞬間……。
アスターの唇がボクの唇を塞いだ。
ボクは驚きのあまり目を見開く。
アスターはお兄様が屋敷に入ったことを目で確認し、ホッとしたようにボクから離れた。
「危なかったな。アリッサムが声を出すからヒヤヒヤしたよ」
「ボクが笑ったから……キスしたの?」
「そうだよ。さあ、もう帰ろう。散歩は終わりだ。こんなおかしなことは二度としないからな。女装だなんて懲り懲りだよ。アリッサムが女装する理由が理解できないな」
「さっきのキスは、ボクの口を封じるためのキス?」
「それ以外、何の意味があるんだ。キスをしたことは悪かった。反省してる。忘れてくれ」
アスターはスッと立ち上がり、ボクに背を向けた。
ボクにキスをして、反省なんかしないでよ。
忘れてくれなんて、忘れられるわけない。
片足だけのハイヒール。
アスターはカクカクと体を揺らしながら、別宅へと戻る。
バカみたい。
いつまでハイヒール履いてるんだよ。
アスターは男なんだ。
一生、シンデレラにはなれないんだからね。
口封じのキスなんか、して欲しくなかった。
ボクの心の中に、ビュービューと木枯らしが吹き荒れて、すごく虚しかった。
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