56

 密着する体と体。よく見るとアスターの白いキャップには、木の葉がついている。


 体はうまく隠したが、芝生にはアスターが履いていたコーネリアの白いハイヒールが片方落ちていた。


 お兄様は玄関のドアを開け彼女を室内に入れると、何やら言葉を交わしクルリと庭に向きを変え、迷うことなくこちらにコツコツと近付いた。


 アスターの腕の中で、ドキドキと鳴る鼓動。アスターに聞こえはしないかと、緊張感が増す。


 お兄様は芝生の上でゴロンと転がった白いハイヒールを右手で掴み、周囲を見渡した。


「犬の仕業か? こんなデカいハイヒールじゃ、シンデレラにはなれないよ」


 大きな声でそう呟くと、ハイヒールを掴んだまま本宅に引き返した。


 デカいハイヒール……。

 確かに、コーネリアは太っているため、ハイヒールのサイズも男性並みに大きい。


 隣に視線を向けると、キャップに木の葉を乗せたアスター。まるで化け狸みたい。


 ボクは堪えきれず「クククッ……」と声を漏らす。


 ――次の瞬間……。

 アスターの唇がボクの唇を塞いだ。


 ボクは驚きのあまり目を見開く。

 アスターはお兄様が屋敷に入ったことを目で確認し、ホッとしたようにボクから離れた。


「危なかったな。アリッサムが声を出すからヒヤヒヤしたよ」


「ボクが笑ったから……キスしたの?」


「そうだよ。さあ、もう帰ろう。散歩は終わりだ。こんなおかしなことは二度としないからな。女装だなんて懲り懲りだよ。アリッサムが女装する理由が理解できないな」


「さっきのキスは、ボクの口を封じるためのキス?」


「それ以外、何の意味があるんだ。キスをしたことは悪かった。反省してる。忘れてくれ」


 アスターはスッと立ち上がり、ボクに背を向けた。


 ボクにキスをして、反省なんかしないでよ。

 

 忘れてくれなんて、忘れられるわけない。


 片足だけのハイヒール。

 アスターはカクカクと体を揺らしながら、別宅へと戻る。


 バカみたい。

 いつまでハイヒール履いてるんだよ。


 アスターは男なんだ。

 一生、シンデレラにはなれないんだからね。


 口封じのキスなんか、して欲しくなかった。


 ボクの心の中に、ビュービューと木枯らしが吹き荒れて、すごく虚しかった。

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