アリッサムside

55

 ずっと部屋で勉強していたボクは、窓から差し込む明るい太陽の光にちょっと息抜きがしたくなった。


 空は雲一つない青い空が広がっている。


 アスターと一緒に暮らし始め、ボク達は二人で散歩をしたことがない。今日は日曜日だ。お兄様は彼女と車で外出した。この広い庭を散歩したところで誰にも知られることはない。


 どうせ息抜きをするなら、うんとハメを外して楽しまないと。仮装パーティーのように、ボクはお兄様の服をこっそり拝借して、アスターは侍女に変装させた。


 二人で変装して庭を歩く。

 ただそれだけのことなのに、ボク達は過去に戻ったみたいに楽しかった。


 ふざけてはじめた鬼ごっこ。

 アスターはコーネリアのハイヒールで躓いた。


 大きな体がボクを目掛けて倒れる。

 思わず支えようとしたけど、そんなことができるはずもなく、ボクはアスターに押し倒される体制になった。


 見つめ合う目と目……。

 風がアスターの前髪を揺らした。


「アスター……」


 ボクは風の心地よさに、瞼を閉じた。

 アスターの呼吸が、すぐ傍で聞こえている。


 近所の犬がキスを急かすように、「ワンワン」と吠えた。


 ――キスしていいよ。


 そう告げるつもりで瞼を開くと、アスターは視線を逸らして芝生に腰を下ろし、仰向けにゴロンと寝転んだ。


 意気地なしだな。

 チャンスだったのに、ボクにキスしないの?


「気持ちいいな」


 アスターは空を見上げて、そう呟いた。


「そーだね。本当に気持ちいいね」


 ボク達は寝転んだまま、両手を広げ大の字になり空を見上げた。


 ただそれだけなのに……

 二人でいられることが嬉しくて、ずっと空を見上げていたんだ。


 せっかく寛いでいたのに、車の音がガタガタと地面を揺るがした。


 まさか、もうお兄様が帰宅したの!?


 ボク達は顔を見合わせて、ギョッとする。芝生を這うように移動し、木蔭に逃げ込んだ。


 お兄様は車から降り、彼女をエスコートした。地味な印象の彼女だが、太陽の光に包まれてキラリと輝いて見えた。


 口元の黒子が妙に色っぽい。

 やっぱり……どこか見覚えのある顔だ。


「アスター、お兄様の恋人に見とれてる」


「見とれてないよ。変なこというな」


「変なのはアスターだ。女装なんかしてバカみたい」


「は? アリッサムが女装しろって言ったんだろ」


 思わず声を荒げると、お兄様が振り返った。アスターはボクの体を引き寄せ、後頭部を押さえ込み木蔭に身を隠した。

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