微熱 8

53

 ―日曜日―


「ねぇアスター、今日はいい天気だね。勉強の息抜きに庭でも散歩しない?」


「庭を?」


「大丈夫だよ。今日は誰も訪れる予定はないし、それに庭だよ。お兄様と彼女以外に見られる心配もない」


「でも、この屋敷は学校に近いし、万が一学校関係者に見られたら……」


「今さら心配してるの? 毎日ここから通勤してるのに?」


「誰にも見られないように、勝手口から出入りして細心の注意を払ってる」


「アスターは見掛けによらず小心なんだね」


「見掛けによらずは余計だ。どうせ俺は小心者ですよ」


 空は雲ひとつない晴天。幼い頃は庭でよく一緒に遊んだが、同居を始めてからの俺は、引きこもりの蝸牛かたつむりのように、陽のあるうちは人目を避け、苔の生えたジメジメとした勝手口から出入りし、美しい庭を散歩することもない。


 今日は日曜日だということもあり、青空に誘われるように俺達は久しぶりに庭に出ることにした。


「アスターがそんなに気になるなら変装しよう。そうだ、アスターは女装ね」


「は? どうして俺が女装なんだよ? それこそ、誰かに見られたらどうするんだ」


「大丈夫、さっきお兄様は彼女と車で外出したから」


「ジンジャーが外出?」


「アスター、早く早く。ボクはお兄様の服を着るから。誰かに見られても、お兄様だと思われるから、平気だよ」


「アリッサム、悪ノリするな」


「アスターもたまには自分を解放して、自由を満喫しないとね」


 アリッサムは一人で盛り上がり、自室から侍女の制服であるブルーのドレスと白いロングエプロンを持ち出し、俺に差し出した。


「冗談だろ」


「そのドレスは侍女のドレスだから、近隣住人に見られても大丈夫だよ」


「侍女のドレスか。考えたな」


「でしょ。ボクはお兄様の振りをする。これで完璧な変装だよ」


「まったく、お前ってやつは。仕方がない。変装ごっこは今日だけだよ」


 女装するアリッサムの気持ちは、正直俺には理解できないが、自分が女装することで、少しでもその気持ちを理解できるのではないかと考え、アリッサムの提案を承諾した。


 アリッサムは子供みたいにハシャギ、悪ノリして俺にメイクまで施した。

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