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 キッチンのドアが開く寸前、アリッサムはようやく俺から離れた。


「なんだ、キッチンにいたのか? アリッサム、何をしているんだ。トルネア伯爵家の晩餐会を忘れたのか?」


「あっ、晩餐会のことすっかり忘れてた。お兄様、今支度します。ボクは女装してもいいの? それともお兄様みたいに正装した方がいいのかな?」


「やはり忘れていたのか。コホン、男子たるもの正装しろ」


 ジンジャーは少し苛ついて、キッチンカウンターの天板を指でトントンと叩く。


 アリッサムは俺の横をすっと通り過ぎた。俺はオーブンからローストハーブチキンを取り出す。


「上手そうなチキンだな。アスターが作ったのか?」


「まさか。これはアリッサムが作ったんだよ。アリッサムは料理上手だからな。公爵令息なのに、ご両親の教育が行き届いてる」


「あのアリッサムが料理? なるほど、料理以外のことを、してないだろうな」


「お前は本当に公爵家の令息か? 下品極まりない。俺はアリッサムの担任教師だよ。この別宅は寄宿舎だと思っている。住人は二人だが、俺達は規律正しい生活をしている。変な想像はやめてくれ」


「変な想像か、アリッサムに魅力を感じないってことか? アリッサムは男子なんだから、無理もないな」


「それより同棲相手とはどうなった? 彼女は王室の侍女だったんだろう。ずっと匿っていたら、アダムスミス公爵の爵位を剥奪されてしまうくらいじゃすまないよ」


「アイリスが王室の侍女? 誰がそんなことを?」


「アリッサムだよ。王室に背くような真似をして、アダムスミス公爵の名を汚すんじゃない」


「まさか、アスターに説教されるとは思わなかったな」


 ジンジャーは余裕の笑みを浮かべた。


 キッチンのドアが開き、ドレスアップしたアリッサムが立っていた。胸元は白いレースで装飾された、色鮮やかなイエローのドレス、白い肌が露出して思わず目を逸らす。


 ドレスアップしたアリッサムは見違えるほど美しい。


「アリッサム、正装だと言ったのに困ったヤツだな。しかたがない、今夜はその姿でトルネア伯爵家に参るとしよう」


 ジンジャーはアリッサムに右手を差し出し、エスコートした。その美しい姿に俺の鼓動はトクトクと音を速めた。


 俺はアリッサムを一人の男子生徒ではなく、恋の対象として意識している自分にようやく気付いた。

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