31
「まだ純粋で清らかなアリッサムに、大人のゴタゴタを見せたくないんだ」
何が純粋で清らかだ。
アリッサムは俺を困らせる小悪魔だよ。
「ジンジャーの色恋沙汰は、俺には関係のないことだ。アリッサムを寄宿舎に入れればいいだろう」
「アリッサムを寄宿舎に? そんなことはできないよ。もうすぐアリッサムがここに来るから、あとは担任教師として宜しく頼むな」
「宜しく頼む? えっ? 何のことだよ」
「今日から別宅をアリッサム専用の寄宿舎とする。アスターは学校では教師、ここでは寄宿舎の責任者だ。ふたりの同居は当然世間には秘密だ。従ってアダムスミス家の使用人もメイドも別宅に置くつもりはない」
使用人もメイドも必要ない。
だけど……アリッサムも必要ない。
「ジンジャー! 困るよ。アリッサムは俺の生徒なんだよ。しかも担任なんだ。アリッサムを宜しくって、無責任すぎる!」
「ここはアダムスミス公爵家の別宅だ。父から俺が譲り受けたもの。どう使用するかは、俺に一任されている。即ち、アリッサムはお前よりもここに住む権利があるということだ」
「本気で言ってるのか? それなら初めから俺に別宅を貸すな」
ジンジャーはニヤッと口角を引き上げた。
「大丈夫、学校にバレたりしないよ。本宅と別宅は同じ敷地内だし。それにさ、アスターとアリッサムはもう深い関係なんだろ。両親には黙っててやるからさ」
「……ふ、深い関係だなんて、俺達はキスしただけだ」
「なんだと、キス!? それは首吊りの刑だな。アリッサムに手を出すなんて、お前はそれでも教師か? 理性ある大人か? 生徒にキスするとは、犯罪行為だぞ!」
……っ、悔しい。
ジンジャーにかまをかけられ、つい口を滑らせてしまった。
「このことが学校に知れたらどうなるのかな。俺が保護者代理として騒ぎ立てれば、お前は教員免許剥奪だな」
ジンジャーは自己中でサイテーな男だ。
そんなことをすれば、アリッサムだって退学は免れない。
「ジンジャー、自分の家族を貶めるつもりか」
「とにかく、彼女はもう屋敷にいるんだ。アリッサムのことを頼んだからな。ジョンソン先生、アリッサムに指一本触れてはならないが、仲良くしてやってくれ」
「ジ、ジンジャー! 困るよ!」
そんなこと不可能だろう。
アリッサムは、アリッサムは、俺を狙う小悪魔なんだ。
ジンジャーは俺の言葉を無視して、玄関のドアを閉めた。直ぐさま追いかけたが、鼻先でドアは閉まる。
俺はドアに鼻をぶつけ、呆然と立ち竦む。
どうするんだよ。
人生最大のピンチだ。
◇
――数時間後。アリッサムが大きなボストンバッグを両手で抱え別宅を訪れた。
何度もチャイムを鳴らし、ドアを蹴飛ばしている。このまま放置すれば、人目につく。
アリッサムはハンチング帽を目深に被り黒いフレームの丸い眼鏡をかけている。今日は男物の白いシャツにグレーのズボンだ。
この下手な変装は、アリッサム・アダムスミスという素性を隠しているつもりなのか?
ていうか、バレバレなんだけど。
――ドンドン……ドンドン……。
――ドンドンドンドンドンドン……。
――ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン……。
ドラムを叩いてるんじゃないんだから。
そんなに音を鳴らすと、余計目立つだろう。
俺は大きく溜め息を吐く。
『俺は教師、俺は教師。俺は教師』
呪文のように、何度も唱え『ドンドン』と叩かれるたびに小刻みに揺れるドアベルを見つめた。
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