微熱 4

30

 ――セントマリアンジェ校に赴任して三ヶ月。


 俺は学校でも別宅でも、平和な日々を過ごす。アリッサムの女装姿も徐々に見慣れてきた。


 アリッサムとの関係は、単なる教師と生徒。アリッサムを別宅に一歩も入れることはなく、あのキスは俺の中で完全に消滅した。


 学校でのアリッサムはクラスでも一際目立った存在で、男子からも女子からも人気があり、誰ともフレンドリーだった。


 高身長で女装している美少年を、みんなは好奇な眼差しを向けることなく、女子として扱っている。


 この学校の教育は素晴らしいが、未だに俺は生徒の性別が把握できていない。


 ――十二月、俺は別宅で生徒達の進路について、個別に資料を作成していた。


 アリッサム・アダムスミス。

 アリッサムも当然進学希望だよな。

 両親や兄が悪い女子がつかないように厳しく躾たことが裏目となり、アリッサムは女性の心に目覚めてしまったのだ。


 あのジンジャーが、アリッサムを他国のカレッジに進学させるとは考えにくい。進学先はスーザン王国のカレッジに決まっている。


 ――ドンドン……ドンドン……。


 ドアを叩く音がし窓から覗き見ると、そこにはジンジャーの姿があった。


「ジンジャー? 珍しいな。目と鼻の先に住んでいても、滅多に顔を出さないのに。どうしたのかな?」


 一階に降り玄関のドアを開けると、ジンジャーは満面の笑みだった。ジンジャーがこんな笑みを浮かべる時は、ロクなことがない。


 ゾワゾワっと悪寒が走り、毛を毟り取られた鶏みたいに鳥肌が立つ。


「ジンジャー、久しぶりだな。どうした?」


「アスター、折り入って頼みがあるんだ」


「やっぱりな。また女性とトラブルを起こしたのか? まさか、あの女性か? 彼女には夫も子もあり訴えられたとか言わないでくれよ」


「アスター……知っていたのか?」


 ジンジャーは目を見開き驚いている。


「やはり不倫か……」


 やっぱりな。

 俺の予感、的中だよ。

 彼女はジンジャーより年上だったし、地味な服装だったが高価な宝石を身につけていた。平民でないことは確かだ。


「夫はいたが、子はいない」


 過去形ということは、離縁の原因は……。


 ま、まさか、ジンジャー!?


「慰謝料で揉めているのか? 不義密通は重罪だ。悪いが俺では力にはなれない。アダムスミス公爵に泣きつくんだな。嫡男を守るためなら、優秀な弁護士を手配してくれるだろう」


「彼女とのことはまだ両親に話せないよ。彼女と俺の交際に激怒しているのは、元夫じゃない。国王陛下だ」


「はっ? 国王陛下? どうして、ジンジャーの色恋沙汰に国王陛下が激怒するんだよ」


 唖然としている俺とは対照的に、ジンジャーは冷静だ。


「俺との交際が国王にバレて、彼女が城から逃げ出した。言っておくが、前夫との離婚は俺との交際前に成立していたんだからな」


 不倫じゃないのか? 城から逃げ出すとは、彼女は王室の侍女だったのか?

 まさか、王妃の侍女で宝石を盗んで逃亡したとか!?


「両親は旅行中だし、彼女を城に戻すわけにはいかない。かと言ってアリッサムと三人で暮らすわけにもいかないんだ。俺達のことにアリッサムを巻き込みたくない。国王陛下のことだ。怒りにまかせ俺やアリッサムまで捕らえて、死罪にするかもしれないだろう」


「アリッサムまで、し、死罪!? そんなバカな。彼女とは別れるんだ。国王陛下に楯突くなんて、正気の沙汰とは思えない」


 宝石を盗んだ当人ではなく、アリッサムまで死罪だなんて、国王陛下ならやりかねない。


「実は彼女を屋敷に匿っているんだ」


「はぁ?」

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